2020年6月12日金曜日

 旅シネ執筆者 プロフィール

 

■前原 利行
旅行・映画ライター

 東京生まれ。音楽業界、旅行会社を経て、現在は海外旅行、映画に関わるフリーライターとして活動中。旅行人では、「旅行人ノート」を執筆。現在は旅行ガイドの取材、ウェブに旅行記事や映画レヴューを掲載中。ホームページ「前原利行の徒然日記」、「前原利行の映画レビュー」

■カネコマサアキ
マンガ家&イラストレーター

 旅関連の仕事に『世界に旅立て!エスニック旅行マニュアル』(共著/NHK出版)『バックパッカーズ読本』(双葉社)などがある。書籍・雑誌・広告・ウェブで活躍中。アジアのポップカルチャーについてのブログ「The Eastbound train」も運営中。ホームページ

■ 加賀美 まき
造形エデュケーター

 東京生まれ。会社勤務を経て、子どもの造形ワークショップを主宰。旅行が好きで、毎年、アジア・ヨーロッパを回っている。2008年より「旅シネマ倶楽部」にライターとして参加。韓国映画にはとりわけ興味を惹かれている。ホームページ 。


■今野 雅夫
フリーライター&カメラマン・自主映画監督

 川崎生まれ。学生の頃より映画好きなのに加え、海外旅行を繰り返し、今では主に『地球の歩き方』(近年はインドネシア編、メキシコ編など)の取材をしている。写真展を開催。現在は自主映画を撮っている。ホームページ
 

2020年6月7日日曜日

15年後のラブソング

大人になりきれない大人たちのラブコメディ

Juliet,Naked

2018年/アメリカ・イギリス

監督:シェシー・ペレッツ
脚本:エフジェニア・ペレッツ、ジム・テイラー、タマラ・ジェンキンス
出演:ローズ・バーン、イーサン・ホーク、クリス・オダウド
配給:アルバトロス・フィルム
上映時間:97分
公開:2020年6月12日(土)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

●ストーリー 
 仕事もあり、長い付き合いの恋人ダンカン(クリス・オダウド)もいる30代後半のアニー(ローズ・バーン)。周囲からは安定した生活を送っていると思われていて、特に不満があるわけではないのだが、日々なんとなくモヤっとした思いを抱いていた。
 そんな折、1990年代に表舞台から姿を消した、ダンカンが敬愛する伝説的ロック・シンガーのタッカー・クロウ(イーサン・ホーク)から1通のメールが届く。それがきっかけとなり、イギリスの港町サンドクリフとアメリカ・ニュージャージー州の田舎町をつなぎ、彼らの奇妙な三角関係が始まる。

●レヴュー 
 それなりにやりがいのある仕事を持ち、腐れ縁のパートナーと一緒に暮らす主人公アニー。今の生活は安定しているが、なんとなくモヤモヤしているこじらせ女子。ある年齢に達して、そういう思いに陥っている人は少なくないかもしれない。そんな彼女に絡む二人の男性も大人になりきれない男たち。アニーと同居するダンカンは、90年代に表舞台から姿を消した伝説のロックシンガーに陶酔し、アニーそっちのけで彼を追うSNSの運営に忙しいオタク系。そのロックシンガーは、音楽活動を放棄して仕事もせず、元妻の家の倉庫に間借りして幼い息子と暮らしている超ダメ男。そんな彼には子供が5人もいるらしい。三人にはそれぞれに苦い経験や人に言えない思いがあるのだが、それを心に封印して毎日をやり過ごしてきてしまったようだ。年齢、性別や境遇で共感ポイントは違ってくると思うのだが、この三人をなぜか憎めない。その男女を三人の俳優が見事なアンサンブルで好演している。
 
 ある日、アニーはダンカンのSNSサイトに批判的な投稿をしたところ、タッカー本人から返信の書き込みが来る。それをきっかけに二人は繋がり、漫然としていた日々が少しずつ変化していく。新しい何を模索していく成り行きがさらりと描かれ、いくつかのトピックが軽妙に演出されていて心憎い。これから大人になる人も、今モヤっとしている人も、もう大人になりきってしまった人にも楽しめる小粋な作品だと思う。

 伝説のロックシンガーを演じたのはイーサン・ホーク。「いまを生きる」(89年)で、気弱な生徒を演じた美少年も、このところ「大人になれないダメ男」がはまっている。それがなぜかチャーミングに見えるのは、幅広い役を演じ分けるイーサン・ホークならではの魅力だろう。かくいう筆者も長年のファン。若いころのイーサンの写真が登場し、劇中、彼の歌声が聞けるのは嬉しい。また、タッカーの曲をネイサン・ラーソンやロビン・ヒッチコックといった面々が提供。90年代のオルタナティブロックのムーブメントが各所に散りばめられ、楽しめる作品になっている。
 原作は「アバウト・ア・ボーイ」などで知られるニック・ホーンビィの『Juliet, Naked』。イギリスの港町サンドクリフの風情がとてもいい。(★★★☆加賀美まき)



2020年3月7日土曜日

レ・ミゼラブル

Les Miserables
世界で各賞を受賞、パリ郊外の移民の街の1日半を描く問題作


2019年/フランス
監督:ラジ・リ
出演:ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ、ジャンヌ・バリバール
配給:東北新社
公開:2月28日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマにて

●ストーリー
パリ郊外の街モンフェルメイユ。ここには住民の大半が移民や低所得者たちという団地があり、複数のギャング団がお互いに緊張関係にあった。その街に赴任して来た警官のステファンは、街を巡回しているうちに警官の威圧的な態度やそれに対する住民の怒りを感じる。
その日、少年たちの一人がサーカスからライオンの子を盗んだことから、グループ間の緊張が高まった。
ステファンたちは事件解決を試みるが、やがて取り返しのつかない事態に発展していく。


●レヴュー

新型ウィルス騒ぎで、映画館から客足が遠のいているこの時期に公開されるのがもったいない。カンヌ国際映画祭で『パラサイト 半地下の家族』と賞を争い、審査員賞を受賞するなど、世界各国で高い評価を得た作品で、見応え十分。落ち着いたら是非足を運んで欲しい作品だ。

冒頭はサッカーW杯に湧く2018年のパリ。 
20年ぶり2度目の優勝を果たしたフランスチームに興奮する人々。その中にこの物語の一部となる少年たちがいる。パリ中心部から電車やバスに乗って少年たちが帰るのは、郊外の街モンフェルメイユの団地だ。

モンフェルメイユは、ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台となった街で、映画のタイトルもそこから取られている。その郊外団地に住むのは貧しい移民たちだ。純粋な白人系と言えるのは、映画の中ではごく一部しか登場しない。
移民たちと言っても出自は様々で、アラブ系、ブラックアフリカ系、ムスリム、ロマの人々など。
彼らはギャングのようなグループのもとで、微妙な均衡を保って暮らしている。この団地では住民に高圧的な警官でさえ、地元グループの協力なしには治められないのだ。

かろうじて保たれている団地の平穏だが、真夏の暑さの中、ギャングにもコントロール不可の少年たちにより、物事はより悪い方向へと連鎖反応的に向かっていく。
貧しさの中、行き場のない彼らの主張は「怒り」しかない。見た目は白人ではない彼らだが、生まれたのはフランス。フランス語しか話せないものもいるし、フランス以外は知らない。しかし二級市民扱いされていることは確かだ。
社会から見捨てられたような彼らだが、それではどうすればいいのか。取り締まる側の警官の中にも、この団地で生まれ育った者がいる。暴力が日常の社会では、ギャングも警官も紙一重だ。

少年たちの怒りが爆発する、ラスト30分の緊迫感には圧倒されるだろう。スパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』、フェルナンド・メイレレス監督の『シティ・オブ・ゴッド』に匹敵するパワーだ。
本作はラジ・リ監督初の長編劇映画だが、ドキュメンタリー畑出身の生々しい演出は、観客がまるでその地区を歩いているような緊張感を与えてくれる。

行き場のない現状だが、本作の唯一の希望は冒頭のW杯応援シーンに現れている。その時、そこに集まった人たちは皆、フランス国民として連帯感が生まれていた。
一時的なものだが、そこにヒントはないかと示しているのだ。(★★★★前原利行)


2020年3月5日木曜日

ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像


オークションにかけられた幻の名画。老いた画商が人生最後の勝負に挑む


2018年
監督:クラウス・ハロ
出演:ヘイッキ・ノウシアイネン、ピルヨ・ロンカ、アモス・ブロテルス
配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス
公開:2月28日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか
公式HP: lastdeal-movie.com/
●ストーリー
長年仕事を優先し、家族をおろそかにしてきた老画商のオラヴィ。ヘルシンキで小さなギャラリーを営む彼の元に、音信不通だった娘から連絡が入る。問題を起こし、職業体験の引受先がない孫息子のオットーを預かってくれというのだ。その一方、オラヴィはオークションに出品されていたある男の肖像画に心を奪われていた。署名がないために安い価格がついていたその絵だが、オラヴィは妙にひっかかるものを感じたのだ。オットーと共に作者を探し始めたオラヴィは、その絵がロシア写実主義の巨匠イリヤ・レーピンの作ではないかと推測する。

●レビュー
イリヤ・レーピンを知っているだろうか。
世界史や美術史の本にはたいてい「ヴォルガの舟曳き」が掲載されるが、個人的には「イワン雷帝と息子イワン」が印象的だ。伝説を取り入れたこの絵では、抗議しに来た息子をイワンが癇癪を起こして杖で殴り殺してしまった直後を描いている。自分がしでかしたことに恐れおののく老人の恐怖の表情が、夜に見たらトラウマになりそうなぐらい怖い(ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」に匹敵する)。

イリヤ・レーピンはロシアの巨匠だが、その作品の多くがロシア国内にあるため、世界的にはあまり知られていなかった。晩年はサンクトペテルブルク郊外に住んでいたが、その地がフィンランドの独立とともに編入されると、高齢であることを口実に帰国することなく1930年に没した。やがてソ連=フィンランド戦争が起き、レーピンの住んだ地はソ連に編入される。

そのような経緯があるので、本作のような「幻の名画」の話も俄然現実味を帯びてくる。レーピンの晩年に描かれた絵がフィンランド内に残っていても不思議はない。それではなぜ署名がないのか。その謎を探る部分はミステリー仕立て、そしてそれを周囲に知られることなく落札する下りはサスペンスになっている。ただしそれはストーリーを進行させるためのもので、強く印象に残るのは、他人に対して愛情が薄かった仕事人間が年老いてようやく家族の大事さに気づくドラマ部分だ。

主人公のオラヴィは日本人でもいそうなキャラクターだ。仕事熱心といえば聞こえはいいが、自分のことにしか関心がないとも言える。不実ではないが、相手のことに関心がない。それは家族に対しても同様だ。
面倒なことを考えるより、仕事をしている方が楽と人生を過ごしてきた感がある。
そんな男が、この肖像画の購入を通して、今まで気がつかなかったものに気づくが、人生は残り少なかった。観ていてなんとなく、自分の父親とオーバーラップしてしまった。派手さ皆無の小品だが、こうした地味なドラマもなかなか良い。(★★★前原利行)

2020年2月20日木曜日

名もなき生涯



自らの信念を貫き通しナチスに立ち向かった男。
名匠テレンス・マリックが知られざる実話を映画化。


A Hidden Life
2019年/アメリカ・ドイツ

監督・脚本:テレンス・マリック
出演:アウグスト・ディール、ヴァレリー・パフナー、ブルーノ・ガンツ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公開:2月21日(金)TOHOシネマズシャンテほかロードショー

■ストーリー

1938年、オーストリアはナチス・ドイツに併合され、その影響は山間の片田舎にまで及ぼうとしていた。農夫のフランツはファニと結婚し、幸せな家庭を築いていたが、たびたび軍事演習に駆り出され、時おり家族と離ればなれになっていた。フランスが降伏したことで戦争は終わるかに見えたが、戦火は広がる一方で、村人たちはナチス党の煽動に飲み込まれて行く。しかし、フランツはヒトラーの思想に疑問を持ち、村長や司教の説得にもかかわらず戦争協力を拒否する。家族が「裏切り者」として村八分にあう中、フランツに召集令状が届くのだった。

■レビュー

まず、こんな人物がいたのか、と驚かされる。
主人公フランツ・イェーガーシュテッターはオーストリアのザンクト・ラーデグント村出身の実在の農夫。映画はフランツとその妻の書簡集『監獄からの手紙』を元にしている。オーストリアがナチス・ドイツに併合されてから、ファシズムは長閑な農村にまで及ぶ。当時の農村というのは互いに助け合い、種まきから収穫まで協同作業をしないと成立しない。周りとうまくやっていかないと生きていけない場所だ。

だが、フランツは村で集める戦争義援金を出す事も、兵役も拒否するようになる。彼の強固な意志は、ヒトラーへの反発というより、純粋に人を殺めることへの罪の意識から来るものだろうと推測する。映画には描かれていないが、意外にもフランツはファニと出会い結婚するまでは暴力的で粗野な男だったらしい。もともとカトリックの信仰に厚い土地柄ではあったようだが、彼女からの愛、彼女を通じた神の愛の発見によって彼が変わったのは想像に難くない。一方で、彼の内なる暴力性は反ナチスへと向かったのかもしれない。現代でいう”パンキッシュ”な形で。

テレンス・マリックの作風は『シン・レッド・ライン』『ツリー・オブ・ライフ』を観ても一貫してるように思う。人間を自然の中の一部として捉える。キリスト教的な神との対話を描きながら、万物に宿る八百万の神をも描いているように見える。人間社会が相対化され、とるに足らない世界に見えてくる。縦横無尽でダイナミックなカメラワークも健在だ。『ベルリン天使の詩』で堕天使役、『ヒトラー〜最後の12日間』でヒトラー役を演じたブルーノ・ガンツのキャスティングも興味深い。

フランツは兵役を拒否したためにベルリンへ送られ収監される。この時期、妻へ手紙を許されたのは月に一度だけだった。独り身ならいいが、三人の子供も妻もいる家長である。本来、守るべきは家族ではないのか?と疑問に思うが、この過酷な状況で信念を貫き通そうとする。名もなき人物のこの行動は、当時、特にニュースとなったわけでもなく、キリストのように十字架にかけられ聖人化されたわけでもなく、何の意味もなさなかったはずだ。だが発掘された事実は、後世に生きる我々に大きなものを投げかけてくる。目の前に見えるものだけを観ていればいいのだろうか?ということを。

(カネコマサアキ ★★★☆)

2020年2月16日日曜日

屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ


リアルなシリアルキラーの姿を見せてくれる。おぞましいが画面から目を離せない実録犯罪ドラマ

       屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカのイメージ画像1



2019年
監督:ファティ・アキン(『ソウル・キッチン』『女は二度決断する』)
出演:ヨナス・タスラー、マルカレーテ・ティーゼル
配給:ビターズエンド
公開:2月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館

●ストーリー
1970年代のハンブルグ。
屋根裏部屋にひとりで住むフリッツ・ホンカは、しがない労働者だ。
彼は行き場をなくした人々が集まるバー「ゴールデングローブ」で酒を飲み、店にやってくる売春婦に声をかける。
しかしホンカの相手をしてくれるのは、老人とも言える年老いたアル中の女性だけだった。
歯並びは悪く斜視という見かけの上、人と会話もできず、暴力的な行動を取ってしまうホンカ。
彼は誰からも気に止められない男だったが、大きな秘密があった。
彼の部屋には殺してバラバラにされた女性たちの遺体が隠されていたのだ。

●レヴュー
昨年は『ハウス・ジャック・ビルト』というシリアルキラーを描いたトラウマ級のおぞましい傑作があったが、あれはフィクション。
殺される人もある意味映画的だったが、こちらは実際に1970年代にドイツのハンブルグで起きた、連続売春婦殺人事件を元にした実話の映画化だ。
そしてこちらもトラウマ級のいやーな映画だ。
なのでインパクト大だが、見る人を選ぶだろう。

映画はシリアルキラーであるホンカの行動をひたすら追うが、彼の内面はわざと描かない。
なのでなぜ彼がこういう人格になったのかは、見るものの想像に任せている。
その代わり彼に殺される運命になる老娼婦たちの側の痛みは、嫌という程伝わってくる。
老いて、彼女たちを買う男もおらず、家族からも相手にされなくなり、一杯の酒を求めて酒場にやってくる。
そして殺人鬼の手にかかり殺されて、バラバラにされるが、誰も彼女たちがいなくなったことも気にかけない。

映画が始まってまもなく最初の殺人の様子をカメラがとらえる。
死体を布に包み、階段をゴトゴトと無造作に引き摺り下ろすが、目立って人に見られてしまう。
そこで死体をのこぎりで切ってバラバラにして運びやすくするのだが、計画性のないホンカはそれを近くの公園に捨ててしまう。
まもなく死体は発見されニュースになり、ホンカはそれ以来、死体を屋根裏の自分の部屋に隠すようになる。
防腐処理を施すわけではないので、夏には悪臭が漂う部屋になる。
彼の部屋に来た者は皆一様にその悪臭に顔をしかめるが、ホンカはその部屋で寝起きし、飯を食い、女を犯し、そして殺す。

映画はホンカを通して事件を描くが、ホンカの内面は見せないので、私たちは常にホンカを外側から見ることになる。
ホンカは見た目も中身も下品で最低な男だ。
飲み屋で隣に座っていても、友達にはなりたくないし、女からすれば彼氏になんて夢にも思わない男だ。
そしてコミュニケーション下手で、言葉で女を気持ちよくさせることはできず、少しでも女が寄ってきたら暴力的に犯すことしか考えない。
そんな社会の底辺にいる男が殺すのは、同じ、いや、さらに底辺にいる女性たちだ。
まさに地獄。
予告やチラシに使われているような、若くて美しい女性ではなく、年老いて醜い体型をさらしているような女性たちが殺されていく。
なんとかここまで生きてきた人生の最後が、こんなのでは地獄すぎる。

そんな陰惨な話だが、語り口は重々しいアート系ではなく、時にはコミカルであったり、時にはサスペンス映画のようであったりと、なかなかうまい。
そして「あー、このままだと殺されちゃうな」というこちらの予想(期待)を裏切る展開はうまい。
つまりホンカは殺しでさえ、自分の望む女を手に入れることができないのだ。
また、本筋と関係ないバーに集まる人々や脇役のキャラの描き方もなかなかよく、みなそれぞれの人生が垣間見えるようになっている。
それぞれが懸命になんとかここまで生きてきた。その結果がこれなのか?

あとはアルコール依存の恐ろしさ。
劇中、一回だけホンカが事故をきっかけにアルコール断ちし、仕事にも復帰して社会的には真面目に生きて行くのだが、それが崩れてまた元の世界に戻ってしまうあたり。
あれ、怖い。“ほどほどに呑む”ができない人もいるのだ。

社会の底辺ということで、昨年大ヒットした映画『ジョーカー』とも共通点があるが、あちらはやはりハリウッド映画なので、「ジョーカー=アーサー」を魅力的に描いているが、こちらは誰も共感を感じないだろう。
そこに、より冷静な視点があると思う。
問題を提起して煽るのではなく、「これは何なんだ」と観客が考える。
『ジョーカー』よりも大人の映画だが、その分、毒も強い。
監督は『愛より強く』『女は二度決断する』など国際的にも評価が高いドイツ人監督のファティ・アキン。
(★★★★前原利行)

2020年2月13日木曜日

巡礼の約束


ラサへの巡礼を通し家族それぞれの想いが浮き彫りになり、それが受け継がれていく


2018年
監督:ソンタルジャ(『草原の河』)
出演:ヨンジョンジャ、ニマソンソン、スィチョクジャ、ジンパ
配給:ムヴィオラ
公開:2月8日より岩波ホールにて


●ストーリー
四川省北部の山間の村に、夫のロルジェとその父と暮らすウォマ。
ある朝、不思議な夢を見て目覚めた彼女は、夫に付き添ってもらった病院からの帰り、夫にラサに五体投地で巡礼に行く決心を告げる。
1日5kmぐらいしか進まない五体投地では、ラサまでは半年以上もかかる。
反対するロルジェだが、ウォマの固い決心は揺らがない。
ウォマには実家に預けたままの前夫との間の息子のノルウもいた。

ウォマの巡礼の旅が始まる。
しばらくしてウォマの病を知って追いかけてきたロルジェ、ノルウも巡礼に合流する。
しかし病をおして旅に出たウォマの体は衰弱していった。

●レビュー

ポンポンパッ。
映画を観た後、しばらくその音が耳から離れない。

ご存知の方も多いと思うが、チベット人が一生に一度は望むのが聖地ラサへの巡礼だ。
ラサには活仏ダライ・ラマが住んでいたポタラ宮、巡礼者が訪れるジョカン(大昭寺)がある。
道のりは遠いが、鉄道やバスも通じているので、乗り物に乗れば難なく行けるのは我々も中国の人も変わりない。
しかしチベットの人々が望むのは、自分の家かららラサまで五体投地で行くことだ。
近ければまだいいが、ラサから遠いところに住んでいる人にとっては気の遠くなるような時間がかかる。そして肉体的にも辛い。
夫婦が住むギャロンからラサへは2000km近くもある。
なぜ妻は、突然巡礼を決意したのか。

ある朝、夢で起きた妻が突然供養を始める。
そして医師の診断を受けた後に、ラサへの巡礼の旅を夫に告げる。
妻には死に別れた夫がいた。
その後、再婚したが、前夫との間の息子は実家に置いたまま。
後悔や後ろめたさが、彼女を日々苦しめていたのだ。

この作品をその妻の気持ちで見るのか、夫の気持ちで見るのかによっても感じ方は違うだろう。
隠されていた妻の想いを知り、激しく動揺する夫の心は切ない。
嫉妬にかられるシーンはとても人間臭く、いけないことだがその気持ちはよくわかるだろう。
後半では、今まで夫が向き合うことがなかった血の繋がらない息子との関係が軸になって進行していく。

登場人物すべてが秘めた思いを口にしないが、その分、行き場のない感情がこちらにより伝わってくる。ふだんペラペラと喋らない分だけ、話した時にその中身が心に迫るのだ。
背景に映るチべットの自然が、彼らの気持ちを時には代弁し、時には包み込む。
地味だが丁寧な描写で描かれた良作。
監督は前作『草原の河』が評判を呼んだソンタルジャ。
(★★★☆前原利行)