2018年8月13日月曜日

1987、ある闘いの真実


1987

2017年/韓国
監督:チャン・ジュナン
脚本:キム・ギョンチャン
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ユ・へジン、キム・テリ、パク・ヒスン、イ・ヒジュン、
   ソル・ギョング、カン・ドンウォン、ヨ・ジング
配給:ツイン
上映時間:129分
公開:2018年9月8日(土)、シネマート新宿、シネマート心斎橋 全国順次ロードショー


●ストーリー 

 1987年1月、警察での尋問中に大学生パク・ジョンチョル(ヨ・ジング)が死亡する。パク署長(キム・ユンソク)は、部下らに遺体の火葬を命じるが、その日当直だったチェ検事(ハ・ジョンウ)は不審を抱きそれを拒否、上層部の反対を押し切り解剖を執行させる。警察は心臓麻痺という虚偽発表を続けるが、現場の痕跡や解剖所見は拷問致死を示していた。事件を取材していたユン記者(イ・ヒジュン)は「水拷問中の窒息死」と報道。これに対しパク署長は、チョ班長(パク・ヒスン)と刑事の2人だけを拘束し事態を収束させようとする。
 一方、民主化運動家で指名手配中のキム・ジョンナム(ソル・ギョング)は真実を暴く機会をうかがっていた。協力者のハン刑務官(ユ・へジン)は、収監中のチェ班長から情報を得ると、検問をかいくぐるため、姪のヨニ(キム・テリ)に情報伝達の任務を託す。そして民主化運動が拡大する中、ヨニが知り合った学生運動家イ・ハニョル(カン・ドンウォン)に事件が起こる・・。

●レビュー 

 「1987」は、軍事政権下の1987年、大学生の死に端を発した韓国民主化闘争を描いた作品で、実話に沿い気骨に語られている。その年の1月、体制への不満が高まり各地で学生デモが勃発する中、警察に連行されたソウル大生が拷問中に死亡。隠蔽されようとしていた死因が暴露されるや前途ある若者の死の衝撃は、民主化の動きとなって韓国全土に広がっていく。

 実際の事件に基づくため、実在する多くの人物が登場する。脱北者の立場から任務遂行に執念を燃やす署長。青年の死を隠蔽しようする警察や強権的な政治指導者。その末端で命令に従う者たち。一方、体制に抗う者は、事実を暴こうする奔走する。民主化運動家、自ら行動を起こす学生たちや協力者。その裏では、体制に翻弄されてきた国民がいて、やがて彼らも民主化のうねりのひとつとなっていく。劇中、そうした登場人物一人一人に焦点がしっかりと当てられ、当時の韓国に生きた人々の姿がリアルに描かれている。キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、カン・ドンウォンら力のある俳優が背景をしっかりと含みながら役柄を演じて秀逸。特に刑事役のパク・ヒスン、記者役のイ・ヒジュンの堅実な演技がさらなる説得力を生んでいる。

 隣国が軍事政権下にあり、民主化運動が起こったのは、日本が「バブル」という名の景気に踊らされていた頃。この物語の1987年は、わずかに31年前のことだ。アジア大会後、「漢江の奇跡」と言われた経済発展を遂げ、ソウルオリピックを控えた隣国の実情を私たちは知らずにいたと思う。こうした作品を通じてあらためて隣国の本当の姿に気付かされる。

 最終盤、学生たちの民主化運動が激しさを増す中、無差別に発射される催涙弾が学生のひとりを直撃する。重症を負ったその学生の死亡が伝えられると、民主化運動は最大のうねりとなっていく。亡くなった学生の写真が掲げられる中で集まった市民。声をあげた彼らの勇気が大きな希望となり国を動かしていったことに心を動かされる。そして、知らずにいたことを目を向けていくこと、それがこれからの隣国との関係に必要なのだろうと感じる。韓国を知る上で必見の作品。最後には実際の写真も多く映し出される。
★★★★)

第69回 百想芸術大賞4部門
    (大賞、脚本賞、主演男優賞/キム・ユンソク、助演男優賞/パク・ヒスン)


2018年8月10日金曜日

ポップ・アイ



2017年シンガポール・タイ

監督・脚本:カースティン・タン
出演:タネート・ワラークンヌクロ(『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』)
ペンパック・シクリンほか
配給:トレノバ
公開:8月18日(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー

■ストーリー

かつては一流建築家として名を馳せたタナーだったが、いつしか会社には居場所がなくなり、妻にも相手にされず、人生に幻滅している。ある日、バンコクの街角で幼い頃飼っていたゾウのポパイを偶然見つける。いてもたっていられなくなったタナーは巨大なゾウを買い取って家に連れて帰るが妻は激怒。何もかも放り出したくなったタナーはポパイと旅に出ることに…。

■レビュー

荻上直子監督の『めがね』という映画では、南の島でボーっとすることを「たそがれる」と表現していた。この映画もゆったりした時間の流れがあり、シンプルな画面構成にも荻上作品に似たモノを感じるのだが、この「たそがれる」、造語なのかと思っていたら、辞書に「黄昏れる」という言葉がきちんと存在していた。本来の意味は「盛りを過ぎて衰える」という意味だ。

主人公はかつては第一線にいた建築家だったが、会社や家庭にに居場所をなくし、文字通り盛りを過ぎてしまった「黄昏れた」中年男だ。バンコクの生活にうんざりして街角で再会したゾウと故郷ルーイへ戻ることに。旅をしながら自分の人生を振り返る。

旅先ではトラブルの連続。そして様々な人に出会う。廃屋で死を待ち続けている男、酒場でくだを巻くトランスジェンダーの女。いずれも黄昏れた人々だ。ようやく到着した故郷ルーイでは驚きの事実を知らされる。老いてなお変わらないもの、人生に大切なものとは…。いろいろと示唆に富んだ作品だ。心理学的にいったら「ミドルエイジ・クライシス」を描いているのだろうと思うが、筆者のような中年男にはなぜか居心地が良い世界観だ。

監督はシンガポール出身で2年間タイに住んでいた経験をもつ。タイ社会に自国にはない寛容さと仏教的諦観を発見するのは日本人も同じだろう。タイの伝統弦楽器ピンに似たギターの音色で奏でられたマット・ジェイムズ・ケリーの浮遊感ある音楽も素晴らしい。ルークトゥン『娼婦からの手紙』の詞にもぐっと来る。たそがれたい人、タイ旅気分を味わいたい人は必見だ。

(カネコマサアキ★★★☆)

第33 回サンダンス映画祭ワールド・シネマドラマ・コンペティション部門脚本賞
第90回アカデミー賞外国語映画賞シンガポール代表



ゲンボとタシの夢見るブータン

The Next Gardian
2017年/ブータン・ハンガリー

監督:アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー
配給:サニーフィルム
公開:8月18日(土)よりポレポレ東中野ほか全国ロードショー

■ストーリー

ブータンの小さな村に暮らす兄ゲンボ(15歳)と妹タシ(14歳)。ゲンボは悩みを抱えている。一族が代々受け継いできた寺院を引き継ぐために学校を辞め、戒律の厳しい僧院学校に行くように父親から薦められているからだ。タシは女子サッカーに夢中でナショナルチームへ行くことを夢みている。急速な近代化で変わりゆくブータン社会の中で思春期を迎えた子供たちの未来をみつめるドキュメンタリー。

■レビュー

ゲンボとタシの兄妹が実に魅力的だ。
二人は今どきの日本の中高校生のようにYoutubeやFacebookに興じ、まるで仲のよい親友同士のように、サッカーや可愛い女の子の話で盛り上がる。え?と思った方も多いだろう。兄弟ならまだしも、兄と妹が?と。タシは男っぽい女の子で、性同一障害(FtoM)の要素があるようなのだ。両親も「男の子の魂を持って生まれて来た」と、その辺は理解を示してるようだ。

一方、ゲンボは父親の期待を一心に背負っている。舞台となっているブムタンはブータン中部にあり、一族が代々受け継いできたチャカル・ラカンは8世紀初頭にまでルーツを遡る由緒ある古刹らしい。ゲンボとタシは600年前にその地に寺を建てた高僧ドルジ・リンパの子孫にあたる。父親は責任を感じていて、一刻も早く僧院学校に入学させ一通りの祭事を息子に教えたいと思っているが、母親は海外の訪問者を案内するための英語の勉強も必要だしそんなに急がなくても、と言って意見が合わない。ゲンボ本人も進路を決めかねているようで父親の問いかけにも無口だ。

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国家として「国民総幸福量:GNH」という理念を掲げるブータンだが、実は目標の数値を達成できないでいる。鎖国状態から1999年にTV放送とインターネットが同時に解禁され、2008年に立憲君主制に移行する新憲法が公布、ブータンは急激な近代化のただ中にある。物質主義ではない豊かさに価値を求めようとシステム化されたGNHだったが、皮肉なことに、国際化・近代化は多様な価値観、金=幸福の認識を広めてしまったため、人々の幸福度は下がってしまったようだ。

子供たちにとって何が幸せなのか。映画は結論を出さず、我々に問いかける。現代人にとって、目移りしてしまうほどたくさんの可能性があることは、ある種の不幸かもしれないと時に思ったりする。だが、これはすでに近代化を終えた側の身勝手な言い分に過ぎないかもしれない。伝統と近代化の問題は戦後アジア各国で未だに引きずっている問題だが、ゲンボと父親が下見に訪問した僧院学校の先生がとても現実的で理性的な意見を言うのが意外で安堵もした。ゲンボとタシは将来どういう選択をしていくのか。彼らの成長が気になるので、ぜひ続編を希望したい。
(カネコマサアキ★★★)

■関連事項
ブータン出身のアルム・バッタライとハンガリー出身のドロッチャ・ズルボーは、若手ドキュメンタリー制作プログラム「ドッグ・ノマッズ」で出会い、世界7つのドキュメンタリー・ピッチング・イベントに参加。国をまたがる6つの財団から資金を得て、完成にこぎつけた。その制作過程も興味深い。



「ゲンボとタシの夢見るブータン」ポレポレ東中野 公開記念ミニ・トークイベント・シリーズ 
8/18(土)12:20~上映後、監督&出演者ゲンボによる舞台挨拶(Skype)
8/20(月)19:10〜の回上映後 内山 拓/NHKスペシャル「秘境ブータン 幻のチョウを追う」
8/26(日)12:20〜の回上映後 松本 紹圭/浄土真宗本願寺派光明寺僧侶、一般社団法人お寺の未来代表理事  
8/29(水)19:10〜の回上映後 天城 靱彦/Tokyo Docs 実行委員会委員長
8/30(木)19:10〜の回上映後 関 健作/写真家、元ブータン日本人教師
9/2(日)12:20〜の回上映後 関野 吉晴/探検家、医師
9/3(月)19:10〜の回上映後 石川 直樹/写真家
9/5(水)19:10〜の回上映後 南 のえみ/Be Inspired! 編集者
9/7(金)19:10〜の回上映後 加部 一彦/埼玉医科大学総合医療センター小児科


8/25(土)& 8/26(日)大阪公開記念トークイベント
25日(土)12:20の回上映後にトーク ゲスト: 松尾 茜/元・ブータン政府観光局職員、現・京都大学大学院 地球環境学舎 持続的農村開発論分野
26日(日)12:20の回上映後 草郷 孝好/関西大学 社会学部 社会システムデザイン専攻 教授

9/1(土)「ゲンボとタシの夢見るブータン」 京都公開記念特別講演会
講師:熊谷誠慈/京都大学こころの未来研究センター
会場:出町座/時間:12:30〜の回上映後/劇場イベントページ



2018年8月6日月曜日

英国総督 最後の家


Viceroy’s House
2017年/イギリス

監督:グリンダ・チャーダ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジリアン・アンダーソン、マニーシュ・ダヤール、フマー・クレイシー、マイケル・ガンボン
音楽:A. R. ラフマーン
配給:キノフィルムズ/木下グループ
公開:8月11日より新宿武蔵野館ほか

公式HP:http://eikokusotoku.jp/

●ストーリー


1947年、独立が決まったインドのデリーに、最後となる新総督マウントバッテン卿とその家族がやってきた。目的は、つつがなく独立インドに主権譲渡をすること。新総督の到着に合わせ、インド人青年ジートが新しく秘書として雇われてやってきた。パンジャブ地方出身のジートは総督邸でかつて思いを寄せていた女性のアーリアと偶然再会する。アーリアはマウントバッテンの娘パメラの世話係だった。
準備を始めるマウントバッテンだが、ネルー、ガンディー、ジンナーといった指導者たちの意見はまとまらなかった。ネルーはムスリム優遇には難色を示し、ジンナーは分離してムスリム多数派の国を望んだ。ガンディーは統一のためにはジンナーに譲歩するようネルーに言うが、聞き入れられない。そんな指導者たちの対立が民衆に及び、各地で宗教対立による暴動が起こる。混乱を避けるため、マウントバッテンは分離支持に傾いていく。

●レビュー


8月15日は日本では終戦記念日だが、インドでは独立記念日となる。本作は、インド独立となった1947年8月15日にいたるまでの6ヶ月を、主権譲渡のためにやってきたマウンバッテン卿とその家族、そして総督邸で働くヒンドゥー教徒のジートとムスリムの女性との恋などを絡めて描いた歴史群像ドラマだ。

こうした歴史ドラマは大きく分けると2通りある。ひとつは歴史はあくまで背景で、そこに生きる人間の葛藤を主にしたもの。もうひとつは、歴史の動きをわかりやすく描くために、各役割を担う人々を散らした群像ドラマだ。本作は後者で、監督もコメントしているように、デビッド・リーン監督作(『アラビアのロレンス』など)を意識したようだ。ということで、人間ドラマというより、教養的な部分でいろいろとためになることが多い作品ととらえるといいかもしれない。

歴史の舞台をわかりやすくするため、本作ではさまざまな立場の人を登場させる。最後の総督となるマウントバッテンはイギリス貴族らしく、感情を抑え、自分の職務をまっとうしようとする生真面目な人間として描かれている。しかしその生真面目なゆえ、自分が老獪な政治家チャーチルに利用されているとは最後の方になるまで気付かない。現地で出迎える参謀のイズメイはチャーチル派で、マウントバッテンが知らない政府の思惑を裏で進めようとしている。
チャーチルは保守派の植民地主義者で、インドの独立には反対していた。しかし独立が避けられないとしたら、ソ連とアメリカが強大になる戦後の世界を睨み、パキスタンを分離独立させて英国の味方につけようとしていた。映画では、チャーチルはひそかに最初からジンナーにパキスタンを与えることを約束しており、ネルーやガンディーには「統一」という餌をぶら下げていただけということになっている。チャーチルは今の基準で言えば白人至上主義者であり(当時としてはふつうだったが)、ガンディーが嫌いだった。そして独立したインドがソ連と仲良くすることは避けたかったのだ。チャーチルは終戦を待たずに選挙で負けるが、マウントバッテンが赴任する頃には、自分の思惑を実行する人々を配置させていた。

インド側の代表となるネルー、ガンディー、ジンナーはそれぞれのそっくりさんが出てきて、それぞれの異なる主張をする。ガンディーは、統一インドの初代首相はジンナーにすべきと言うが、ネルーら国民会議派には受け入れがたいものだった。また、ジンナーにとっても、イスラム教徒が多数派になるのが目的だったので呑めるはずがない。しかし多数派にとっては天国でも、それが目的となる国では少数派には地獄になる。ガンディーはそのむなしさをわかっていたから、分離という結果には失望しかない。

インド側の庶民はどうだったか。それを観客に理解できるよう、映画ではドラマ部分の実質上の主人公であるヒンドゥー教徒のジートという青年を登場させている。彼の住むパンジャーブでは、各教徒が混在して住んでいた。ジートを総督邸に誘った友人はシク教だし、ジートが思いを寄せる女性はムスリムだ。しかし異教徒間の恋愛は、分離独立という社会のうねりの前には芥子粒のようなものだ。また、総督邸のキッチンでも、分離独立問題は従業員たちの争いを生むようになる。

分離独立が決まると、それまでのインド政府が持っていた資産が、インド8、パキスタン2の割合ですべて均等に分割されることになる。映画でも、百科事典を途中で分けるという馬鹿げたシーンがあるが、博物館の収蔵品もそれに沿って分けられたという。「断食するブッダ」像が、インドにないのはそのためらしい。

分離独立すると、それぞれで少数派にならないように、大量の住民の移動が起きた。その過程で略奪と虐殺が起き、それがさらに避難民の数を増やした。映画でもその模様が描写されるが、とりわけ地方が二分されたパンジャブ地方での被害が大きかったようだ。この住民同士による無差別大虐殺と過酷な移動で、双方合わせて100万人近くが死んだという。

ラストはちよっと甘いかもしれないが、それは観客のサービス。とはいえ、本作はインド現代史を知るにはいいテキストとなる映画だろう。イギリス映画らしく、派手さを抑えてきっちり作っている。これがアメリカ映画だと、大爆発や銃撃戦が盛り込まれるだろうし。★★★☆

●関連情報

監督は『ベッカムに恋して』などのグリンダ・チャーダ。彼女もまた自身がインド系で、祖母の代にパンジャブからきたシク教徒。夫で、脚本のポール・マエダ・バージェスは名前からわかるように日系アメリカ人。

マウントバッテン卿の妻役には、なつかしやXファイルのスカリーさん。

プロデューサーのディーパック・ナヤールも、名前からしてインド系だが、これまでに手がけた作品は『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『スラム・ドッグ$ミリオネア』『食べって、祈って、恋をして』『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』『ライフ・オブ・パイ』『LION/ライオン』など、異文化との出会いやインドをテーマにしたものが多い。

総督邸のロケが行われたのは、ジョードプルの宮殿ホテル、ウメイドバワンパレス。

2018年8月3日金曜日

祈り 三部作


監督:テンギズ・アブラゼ
配給:ザジフィルムズ
公開:8月4日(土)より岩波ホールほか全国順次公開

ジョージア(グルジア)の巨匠テンギズ・アブラゼ監督の伝説的な傑作『祈り 三部作』(『祈り』『希望の樹』『懺悔』)が一挙上映される。

■レビュー

 テンギズ・アブラゼ監督の作品は『懺悔』(1987)が2009年に公開されているので、ご存知の方も多いかと思う。(前原さんのレビューがリンク切れのようで残念です)
自分はこれまで見る機会を逃していて、今回はじめて三部作『祈り』('67)『希望の樹』('76)『懺悔』('84)を立て続けに拝見する機会に恵まれた。こんな映画作家がいたのか、とただただ圧倒されるばかりだ。

 とりわけ感心したのは、今回日本初公開になる『祈り』の素晴らしさだ。ジョージアの国民的作家V.ブシャヴェラの叙事詩をもとに19世紀の部族の対立を描いている。詩的かつ精緻なモノクロ映像は神話・宗教性を帯びていてカール・ドライヤーの作品を思わせる。舞台になってる北東部の山岳地帯ヘヴスレティという隔絶された辺境の美しい風景、シャティリという村の独特な建築物の造詣。こんな場所があるなら旅してみたいと思わずにいられない。そして何よりもキリスト教とイスラム教徒の対立を双方の視点を描き、融和を訴える内容は、今の世界の現状に強く響いてくる。いま力を持つのは、一つの宗教への信仰を描いたドライヤーの作品より、複数の文化・宗教が共存する希望・祈りを描いたこちらの作品だろう。

ロシア革命前夜のカヘティ地方の村を舞台に2人の純真な若者の悲恋を描いた『希望の樹』、スターリン(グルジア出身)時代の恐怖政治を揶揄するような『懺悔』は、『祈り』の作風とは全く違っていて、ユーモアやグロテスクな風刺が効いている。いずれも、小国グルジアの歴史と人間に深く向き合った怪作だ。

10月13日からは「コーカサスの風 ジョージア(グルジア)映画祭2018」も予定されている。グルジア映画の代名詞となったオルギー・シェンゲラーヤ監督『ピロスマニ』、オタール・イオセリアーニ監督『落葉』、『とうもろこしの島』のギオルギ・オバシュビリ監督作などがラインナップとして上がるようだ。

(カネコマサアキ★★★★)












2018年7月13日金曜日

乱世備忘 僕らの雨傘運動




監督:陳梓桓(チャン・ジーウン)
公開:7月14日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開

■レビュー

2014年9月26日、香港の中高校生・大学生を中心に始まった雨傘運動。その動向を心配しながらSNSを注視していた人も多いことだろう。この映画は当時27歳の陳梓桓(チャン・ジーウン)監督がある若者グループとともに活動した雨傘運動の記録である。
                  
話題になった黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)ら中高生による組織「学民思潮」のリーダーシップにも驚かされるが、旺角(モンコック)に陣取り集まった普通の大学生たちも、それぞれ自分たちの意見とヴィジョンをしっかり持っている様子。物資の調達から後輩たちへの講義まで、手慣れた様子で事を進め、語り合い、助け合っている。どちらかというと学園祭のノリもあるが、長期戦を見込んで力の加減を計算してるかのような印象も受ける。

話は随分と遡るが、僕は1996年の国慶節に北京・天安門の国旗掲揚を中国人民に混じって眺めたことがある。「香港返還まであと何日」という掲示板が掲げられ、浮き足立った中国国内の雰囲気と「天安門事件」の記憶で複雑な感傷に浸ったのを覚えている。それは天安門で民主化を訴えた学生たちと同世代であったことに理由がある。また、旅から帰るとウォン・カーワイ(上海からの移民)作品にのめり込んだ。映画は期待と不安が入リまじっていた香港を活写していた。遠い将来何かが起きるかもしれないが、今は気にすることない、当時はそんな思いだった。返還の前後、カナダや豪州へ移民・脱出という選択をとった香港人もいた。ある意味その行動は正しかったともいえるが、香港市民が中国社会を変えて行かなければ、一体誰が?という思いが僕にはあった。
 
本編の中にも、息子の運動参加を快く思わない親・親戚が出て来る。経済的に中国に依存せざるを得ない現状、あるいは親世代が元々大陸からの移民、または新移民だったりと、自己矛盾と逡巡を抱え、政治運動には消極的な人が大半だ。それゆえに、まったく新しい世代による今回のアクションは”フレッシュ”意外の言葉がみつからない。香港市民と大陸人民、どちらが虐げられて良いわけでもない。自分たちだけの権利だけを守るのではなく、中国を巻き込む変革の旗手であってほしいという願いが僕にはある。彼らなら、何か柔軟な方策を見つけてくれるのではないか、という期待感がある。

残念ながら、政治的には敗北に期したが、世界に、そして中国当局に与えたインパクトは大きい。先日のワールドカップ日本代表じゃないが、次につながる敗北だといっていいかもしれない。周囲を見渡せば(足下も、だ)、強権的独裁をふるまう首脳ばかり。民主主義がいつまでもあると思うのは幻想かもしれない。アジアのリベラル勢の連帯が求められる。
(カネコマサアキ★★★☆)

■関連事項

事の発端は同年8月31日、2017年から導入されるはずの「普通選挙」に対して中国当局が下したある決定だ。中国の全人代常務委員会は「行政長官候補は『指名委員会』※で認められなければ選挙に出馬できない」とし、事実上民主派を選挙から排除したのだ。50年間は「一国二制度」を遵守する、という約束を早々に反故にするものだ。
※『指名委員会』は様々な業界から選出された1200名からなるが、過半数以上が親中国派で占められている。結局、2017年の行政長官選挙で親中派の林鄭氏が当選した。

 事態の深刻さから、香港の中高校生・大学生は授業をボイコットし、「真の普通選挙」を求めるデモを行う。また戴 耀廷(ペニー・タイ)香港大副教授の提案で10月1日の国慶節に計画されていた香港の金融街、中環(セントラル)を占拠する「セントラル・オキュパイ」を前倒しで実行する。場所も中環から金鐘(アドミラルシティ)へ移された。一方、九龍半島側の旺角(モンコック)でも占拠が始まり、カメラはここに居を構える学生グループを中心にとらえている。


山形国際ドキュメンタリー映画祭2017・小川紳介賞受賞
第53回台湾金馬奨・最優秀ドキュメンタリー賞受賞

バトル・オブ・ザ・セクシーズ



2018年 アメリカ
監督:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス(『リトル・ミス・サンシャイン』)
出演:エマ・ストーン、スティーヴ・カレル
配給:20世紀フォックス映画
公開:TOHOシネマズ シャンテにて公開中

■ストーリー

 1973年、9月10日。女子テニスプレイヤーのチャンピオンのビリー・ジーン・キングと、元男子チャンピオンのボビー・リッグスが、多額の賞金と”女”と”男”のプライドを懸けて対戦した。全世界が見守る中、”バトル・オブ・セクシーズ”(性差を超えた闘い)が幕を開ける…。

■レビュー

こんな対戦が70年代のアメリカであったのか。
女子と男子が(年齢差はあるとはいえ)真っ向から勝負するなんて、今の感覚からするといささか滑稽に見えるが、マスコミの煽りやテニス協会の横槍、男性至上主義者たちの冷やかしに戸惑いながらビリー・ジーン・キング(名前にキングがついてるが女性である)は世紀のゲームマッチに挑んで行く。

テニスに詳しい人ならビリー・ジーン・キングの輝かしい業績は周知なのかもしれない。彼女は仲間とともに全米テニス協会を脱退し、女子テニス協会を立ち上げた。女子の優勝賞金が不当に安く(男子の1/8の金額だった)、男女平等を求めた末の行動だった。このゲームは、女子プレーヤーの地位向上ばかりでなく、フェミニズム運動の盛り上がりを象徴するような出来事として、人々の記憶に残っているようだ。

興味深いのはビリー・ジーン・キングの私生活だ。献身的な夫がありながら、別の人物に惹かれ、本当の自分を見いだして行く。実はLGBTQの問題を孕んでいるのだ。意外な背景に消化不良を起こしそうになるが、これが実話というんだから驚いてしまう。最近のMeToo運動の告発を見るにつけ、男女平等という点で果たして時代は進歩してるのだろうか?と訝しがってしまうが、先人たちの闘いに教えられることも多いはずだ。

(カネコマサアキ★★★☆)

■関連事項

この映画の試写を見る前日に、たまたまETV特集『Love1948-2018 多様な性をめぐる戦後史』という日本のセクシャル・マイノリティを検証したドキュメンタリーを見たせいか、とても連動感があった。機会があれば見てほしい。アメリカで言えば、フェミニズムもゲイ・プライドも50-60年代の公民権運動の流れにあるのだろうか。














2018年6月12日火曜日

ガザの美容室


2015年パレスチナ・フランス・カタール
監督:タルザン&アラブ・ナサール
出演:ヒアム・アッバス マイサ・アブドゥ・エルハディ マナル・アワド
配給 :アップリンク
公開:6月23日(土)新宿シネマカリテ、渋谷アップリンクほか全国順次公開

ストーリー

パレスチナ自治区。ガザ。クリスティンが経営する美容室は、女性客で賑わっている 。離婚調停中の主婦、ヒジャブを被った信心深い女性、結婚を控えた若い娘、出産間近の妊婦。彼女たちは世間話に花を咲かせ午後の時間を過ごしていた。しかし、通りの向こうで銃が発砲され、美容室は戦火の中に取り残されることに…。


■レビュー

女性の体臭でむせてしまいそうな映画だった。
日差しの強い午後であれば、特に夏という季節でなくても、女性客が集まる美容室の室内温度は上がるはずだ。パーマのアイロン、ドライヤーなど使えばさらに上がりそうだ。東京ならエアコンがあるので問題ないが、舞台はパレスチナ・ガザである。そんな時に停電が起きる。ガザ地区では送電が制限され停電は日常的なことのようだが、扇風機は止まり、ただでさえ仕事がのろい(?)美容師2人の仕事は滞ってしまう。暑さとイライラは頂点へ…。女性たちの本性が露になっていく会話劇であり室内劇だ。
日が傾いてくると外では銃声が。そして砲撃による大きな振動が。彼女たちは外に逃げだすことも出来ず閉じ込められてしまう。映画館という密室にいる観客も同じような臨場感を味わうはずだ。

冒頭から首輪と鎖をつけられたメスのライオンが登場する。何かのメタファーなのかと思っていたら、実際にあった事件を基にしているそうだ。2007年、ガザの大物マフィアが動物園のライオンを盗んだ。そのライオンを奪還するためにハマス自治政府が実行したのが「ライオンに自由を作戦」だ。そう、映画の美容室にいた彼女たちはその奪還作戦に巻き込まれてしまうという設定である。資料にあったジャーナリストの川上泰徳さんの文章によれば、このマフィアというのはハマス自治政府成立前のファタハ政府時代に結びついていた連中なのだそうで、要はパレスチナの中でも派閥争いが未だにあるということを意味している。メスのライオンはそういった男たちによる闘争に左右される女たちを象徴してるかのようだ。

ガザ侵攻、対イスラエルへの政治的な私怨は無くなることはないだろうが、監督は死より生を、ガザに住む人々の日常を描きたかったという。お洒落をしたい、奇麗になりたいという女性たちの想いは万国共通。普通の日常を送ることこそがガザにおける抵抗なのだ。彼女たちは一筋縄でいかない多様性を持っているが(それゆえ喧嘩も激しい)、男性社会の下で虐げられる彼女たちの哀しみは、彼女たちを一つにさせる。女性の機微をうまく描いてるので監督はてっきり女性だろうと思っていたら、なんとヒゲをはやした双子の兄弟であった。パレスチナへの偏見を色々と覆してくれる作品だ。
(カネコマサアキ★★★☆)

ザ・ビッグハウス


2017年
監督:相田和弘 マーク・ノーテス、テリー・サリスほか
配給:東風+gnome
公開:シアター・イメージフォーラムにて公開中

■レビュー

日大アメフト部傷害事件が大学運営の問題はもとより、日本社会の潜在的病理として波紋を広げている。ではアメフトの本場ではどうなっているのか?タイムリーなドキュメンタリー映画が公開されている。

ミシガン州にある全米最大のフットボール・スタジアム、通称”ビッグハウス”と呼ばれる施設。名門ミシガン大学が誇るフットボールチーム「ウルヴァリンズ」の本拠地だ。カメラはその巨大施設の全貌、背景を余すとこなくとらえる。収容人数は10万以上。グラウンドは地階に掘り下げられ、高いビルの上から覗き込むような客席。映画館の大画面で観るとその規模に圧倒されるはず。セキュリティ、食堂、医務室など、大量の観客を捌くスタッフたち。2年後の東京オリンピック関係者は参考になることもあるかもしれない。

開会式イベントでは大学の大所帯のブラスバンドが行進。上空には米軍機が飛行し、特殊降下部隊がスタジアムにパラシュートで降り立ち場内を盛り上げる。そして星条旗が掲揚され10万人が起立して国歌を歌う姿に、尋常じゃないナショナリズムを感じる。こうしてフットボールによる「大学」+「州」+「国」という揺るぎないネットワークが出来上がってるのか、と直感的に感じられるシーンである。

日大の事件でも露になったが、アメフトが及ぼすビジネスの面も気になるところ。これがミシガン大の場合、驚くべき収入がある。資料によると2018年のアメフトのチケット収入は44億円を見込んでいる。(次に人気があるバスケットボールが4億というのでその人気の差は歴然としている)加えて、ミシガン大の体育学部全体の予算(収入見込み)は200億円で、放映権料、企業スポンサー、VIP観覧席、グッズなどからの収入がある。日本のプロ野球球団の平均収入125億円を軽く超えているようだ。また、大学の広告効果も絶大のようで、内外の卒業生から寄付金も潤沢に集まるという利点がある。日大もこの辺をモデルにしていたのだろうか?それにしても規模が違いすぎる。

ワールドカップ・ロシア大会が間もなく始まり、そして2年後に東京オリンピックも控えているが、日本もスポーツ行政のあり方など、検証すべき時なのかもしれない。日大の問題にかつての軍隊の亡霊を見たように、スポーツから見えてくるものがある。アメフトを通して、アメリカという国の本質に迫った作品である。
(カネコマサアキ★★★)

■関連情報

以前『精神』というドキュメンタリー映画をここで紹介したことがあるが、その想田和弘監督を中心とした混成チームによる作品だ。NY在住ながら外からの視点で日本を”観察”する作品群は広く知られているが、敬愛するワイズマン的手法で、ついにアメリカを観察する。
前作『港町』(★★★☆)は集大成的な作品で、おなじみ牛窓が舞台。モノクロのせいか漁師の顔にきざまれる皺や絡まった網、瓦屋根などマチエールが心地よい。人々の語りと所作から港町が育んで来た歴史が浮かび上がってくる。こちらもおすすめだ。

2018年4月25日水曜日

ダンガル きっと、つよくなる

2016年

監督 ニテーシュ・シュワーリー
出演 アーミル・カーン
公開 2018年4月6日より、全国公開中

■ストーリー
 レスリングで、国のチャンピオンにまで上り詰めたマハヴィル。
引退した彼の夢は、自分の息子に金メダルを取らすことだった。
しかし生まれてきたのは女の子たちばかり。
夢を諦めかけたマハヴィルだが、ある日、娘のギータとバビータが
近所の男の子たちを喧嘩で負かしたことから、新たな希望が生まれる。
二人への特訓が始まった。
厳しい訓練に反抗する二人だが、やがて父親の深い愛情を知り、
また勝利の喜びも知り、前へ向かって進み出す。
数年後、国内の名だたる大会に出場している2人の姿があった。
やがてギータは国の代表選手に選ばれるが、
父とは次第に疎遠になっていく。。。

■レビュー

すでに観た方もいらっしゃるでしょう。
地元の映画館では今週いっぱいなので、急いで行ってきた。
ストーリーは単純。
もと国の代表レスラーだった父が、自分が取れなかった
金メダルの夢を子供に託そうとするが、生まれてきたのは女の子たちばかり。
そこで、父はスパルタ教育で娘たちを強くし、
一流選手に育て上げるという話で、しかも実話を元にしている。

最初は馬鹿にしていた村人たちも、
娘たちが勝ち進みだすと賞賛のまなざしに変わり、
反抗していた娘たちも勝利の喜びと父の深い愛情を知り、
前に向かって進み出す。

インド映画でおなじみのミュージカルシーンはないが、
時折挟み込まれる歌が、ストーリーを補完(覚えやすい曲ばかり)。
成長した長女が都会に出て、親離れしていくところは、
こっちは完全にオヤジの気持ちで、時に涙腺決壊。
「頑張れば夢は叶う」という超ポジティブストーリーも、
2時間半の夢を観客に見せてくれる、
映画館の暗闇のマジックを最大限に生かしている。
後ろを振り返ったら、スクリーンを見つめている
観客の顔がみな、幸せそうだったもの。

人権問題に関心を示しているアーミル・カーンだが、
本作はインドの女性が置かれている社会環境にも問題提起をしている。
成長しても、そのまま結婚して家庭に入り、
家事労働するしかない一生を強いられているインドの女性たち。
本作は、自分で自分の道を切り開くことが、
インドの女性たちにとっても夢ではないという、
メッセージも込められているのだ。

映画館を出た時は、頭の中では主題歌の
「ダンガル!ダンガル!」がぐるぐると回っていた。
★★★☆

PS.
映画とは関係ないところで気づいたのは、
2010年のデリーで行われたコモンウェルス大会がハイライトになるのだが、インドにおいてはオリンピックよりも重要な大会ということ。
確かにあの時、インド人、大騒ぎしていたし。
あと、インド国歌を初めてちゃんと聞いたこと。
それとインドでは、官僚は怠け者で仕事をしないとみんなが思っていることだなあ。

2018年4月13日金曜日

女は二度決断する


あなたならどうする? 家族を失った時、彼女は何を決断したか


2017年/ドイツ

監督:ファティ・アキン
出演:ダイアン・クルーガー
配給:ビターズ・エンド
公開:4月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館にて


■ストーリー

ドイツのハンブルク。トルコ系移民のヌーリと結婚したカティヤは、
息子ロッコも生まれ、3人で幸せな日々を送っていた。
かつては服役もしていたヌーリだが、今は更生して真面目に働いている。
しかしある日、爆弾が爆発し、ヌーリとロッコが犠牲になる。
犯人はネオナチのドイツ人カップルで、目的は人種差別テロだった。
裁判が行われるが、その過程でカティヤは身も心も傷ついていく。
そして裁判の結果を受け、カティヤが下した決断とは…。

■レビュー

もし、これが自分の家族だったら?という問いを、
見ている間、ずっと問い続けられている。そんな辛い映画だ。
移民問題やテロ、悲惨なニュースを毎日見ていても、
どこか他人事のような気がしてしまう。
しかし、もしそれが家族だったら、その苦しみは身近に感じるだろう。

200万人ともいうトルコ系移民を受け入れ、比較的移民に寛容と言われていたドイツだが、近年はシリア系などの移民の増加により、ネオナチや極右による外国人迫害による事件も多発している。
映画のモデルとなったのも、実際にドイツで極右グループが起こした事件だという。
その時はまだ、警察は事件を外国人排斥のテロだと思わず、
何年も犯人を特定することができなかったという。

人はどうしても、相手を国籍や肌、習慣や宗教、その外見で判断する。
それは否定しない。それでしか判断できないからだ。
しかし、自分の置かれている境遇への不満を人のせいにしだりたりすると、それが自分が属していないグループ全体に向けられるようになる。
映画の中でヒトラーを崇拝する若い男女も、
別に外国人の小さな子供に個人的な恨みがあったわけではない。
ただ、外国人だろうが同国人だろうが、結局は個々の人間であることが、もはやわからなくなっているのだ。
いろいろ理由はつけるが、結局は通り魔殺人が言う「誰でもよかった」と大して変わりはない。
で、こうした人は、日本だろうが海外だろうが、その場になったら自分の命は惜しくなる。
そもそも、「人の命は自分の命より軽い」と普段から考えているから起こすのだ。

映画の中で印象深いのは、犯人が捕まるきっかけになったのが、
犯人の父親が「ヒトラー崇拝の息子が何か犯罪をしでかす前に」と警察に通報したことだろう。
しかしその時、すでに犯罪は行われていた。
この父親に主人公は裁判で会うが、主人公はこの父親も大きな苦しみを抱えていることをわかり、許しもしないが責めもしない。二人は多くを語らないが、逆に重さがこちらにも伝わる。二人とも被害者なのだ。

反トルコということで、ギリシアの極右組織とドイツのネオナチが
結びついていることもあるのだなあということも本作で知った。

最後の彼女の決断については、映画を見た各自が重く受け止めるしかないだろう。
それでよかったのか監督自身の迷いも見られるし、正解はないのだから。
★★★

■関連情報
監督のファティ・アキン自身も、トルコ系移民の元に生まれた。
代表作は『そして、私たちは愛に帰る』『愛よりも強く』『消えた声が、その名を呼ぶ』など。
・本作は第75回ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞、
カンヌ国際映画祭でダイアン・クルーガーが主演女優賞

2018年3月22日木曜日

大英博物館 プレゼンツ 北斎

モネ、ピカソを魅了した江戸時代の天才絵師の魅力を紐解くドキュメンタリー


British Museum presents: Hokusai

2016年/イギリス
監督:パトリシア・ウィートレイ
協力:大英博物館
ナレーション:アンディー・サーキス
出演:デイヴィット・ホックニー、ティム・クラーク他
配給:東北新社
配給協力:DBI INC
上映時間:87分
公開:2018年3月24日(土)、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開

●ストーリー 
 2017年の5月から8月にかけて、大英博物館で”Hokusai : Beyond the Great Wave”と題する展覧会が開催された。本作は、葛飾北斎をイギリスで初めて本格的に取り上げたその展覧会をフィーチャーし、展覧会の裏舞台と通して、葛飾北斎の生涯や作品に迫るドキュメンタリーである。

●レビュー 
 大英博物館で開催された北斎展のタイトルは”Hokusai : Beyond the Great Wave「The Great Wave」は大きな浪が砕ける先に富士山が描かれた代表作「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」のことである。その斬新な構図、圧倒的な迫力、繊細で緻密は木版の色と摺りから、ひときわ人目を惹く作品だ。かつて、印象派をはじめ多くの芸術家に多大な影響を与え、手本ともなった北斎の作品は、その後も多くの作家や研究者を魅了し続けている。

 本作品は「北斎」を多角的に取り上げていて興味深い。北斎は波乱の人生の中で、江戸の町に生きる人々の姿を題材とし、富士山を通して自然の雄大さを描き、最晩年にも圧巻の筆で美しい肉筆画を残している。最新の映像技術よって版画制作の工程や作品の隅々まで鮮明に見ることができるのも感動的で、今まで目にする機会の少なかった肉筆画の作品に触れられることも嬉しい。還暦以降の30年に焦点を当て、90歳を超えても意欲的に絵筆を持ち続けた絵師北斎の生涯を辿りながら、北斎の作品が紐解かれていく点も見所になっている。本作品を通して、北斎が生み出した構成力やデザイン力が、過去芸術作品から現代の漫画に至るまで影響を与え続けているということを実感できるだろう。

 そしてもう一つ感じたのは、驚きを持って北斎作品を見てきた世界の目に対して、私たち日本人が北斎作品から得る感覚は少し違うのではないかということだった。私たちの感動は、ごく自然と湧き上がり、そして印象深く心に刻まれていくようなような気がする。世界に誇る和紙、圧をかけずに「摺る」木版画、美しく雄大な富士山、折々に表情を変える日本の四季の風景、江戸の人々暮らし・・、私たちが日本という国の伝統や文化を背景に持っているからなのだろう。イギリスの研究者のインタビュー聞き、本作の映像を見ながら、日本人として見る「北斎」にも気づかされたように思う。★★★★)加賀美まき

2018年3月18日日曜日

馬を放つ


原題:Centaur
2017年/キルギス、フランス、ドイツ、オランダ、日本

監督:アクタン・アリム・クバト
脚本:アクタン・アリム・クバト、エルネスト・アブドジャパロフ
出演:アクタン・アリム・クバト、ヌラリー・トゥルサンコジョフ、ザレマ・アサナリヴァ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:89分
公開:2018年3月17日(土)、岩波ホールほか全国順次公開

●ストーリー 

 中央アジアの美しい国、ギルギルで、妻と幼い息子と3人で慎ましく暮らす男は、村人から「ケンタウルス」と呼ばれていた。遊牧民を祖先に持つキルギルの民は、人と馬を結びつけその土地の伝説に根付いて暮らしてきたが、暮らしぶりは時代とともに変化していく。そのことを憂い、馬にまつわるある伝統は信じるケンタウルスは、夜な夜な馬の厩舎に忍び込み、馬を野に放っていた。
 やがて馬泥棒の存在が問題になり、犯人を捕まえる罠が仕掛けれるが・・・。

●レビュー 
 標高5000メートルを超える天山山脈の麓に広がるキルギス。作品の中で映し出される自然豊かな風景は、どこか懐かしく郷愁をそそるられる。主人公は、ケンタウルスと呼ばれる朴訥な男で、耳の不自由な妻と言葉を話さない5歳の息子との暮らしは、質素で素朴だけれど暖かい。だが、彼にはどうしてもそうせずにはいられない秘密があった。それは、夜、競走馬の厩舎に忍び込んで馬を野に解き放つこと。裸馬にまたがり天を仰ぐように両手を広げ、草原を駆け抜ける主人公の姿に観客はまず惹きつけられるだろう。

 物語の主軸は、遊牧民を祖先に持つキルギスの民の精神文化。グローバリゼーションとともに人々の暮らしぶりは大きく変化し、かつての遊牧民の心は忘れさられ、神話も失われていく。その中で、馬の守護聖者の神話を信じ、遊牧民の強さを受け継ごうとするケンタウルスの思いは、ごく自然に湧きあがってきたものなのだろう。そして、村のコミュニティー内の摩擦、宗教と価値観の問題、貧富の差、そして家族の愛と絆といったさまざまは事柄を織り込みながら、一つの物語が紡ぎ出されていく。作品の場面場面からも、そして全体を見終わった時にも、静かな感動が心に沁みわたる秀作だ。

 監督のアクタン・アリム・クバトは、自身の村で起きた事件の実話をヒントにこの物語を作り出したという。自ら主演も務めることによって、より繊細にこの物語を意図を伝えようとしている。民族の中に流れるものに対する思いが、作品の中にしっかりとした文脈となって感じることができるのはそのためだろう。冒頭のシーンも監督自ら裸馬に乗っている。子どもの時から馬に乗るのが当たり前にキルギスでは何も問題はなかったそうだ。『馬を放つ』という邦題がとてもいいと思う。★★★★)加賀美まき

ベルリン国際映画祭 パノラマ部門 国際アートシネマ連盟賞(CICAE)受賞
第90回 アカデミー賞 外国映画賞 キルギス代表

2018年3月12日月曜日

ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ


恋人が昏睡状態に!? 主人公を本人が演じた実話がもとのコメディ


2017年/アメリカ

監督:マイケル・ショウォルター
出演:クメイル・ナンジアニ、ゾーイ・カザン、レイ・ロマノ、ホリー・ハンター
配給:ギャガ
公開:223
劇場情報:TOHOシネマズ日本橋ほか

■ストーリー
 主人公はシカゴに住むパキスタンからの移民一家の息子。
アメリカに来て成功した親は、息子に医者か弁護士を望んでいるが、
息子はコメディアンを目指して、昼間はUBERの運転手をしている。
その息子が、白人女性と恋に落ちるが、一家は「白人女性なんて!」と大反対。
結婚相手は、パキスタン女性じゃないとと、息子を勘当。
一方で、彼女も主人公の煮え切らない態度に愛想を尽かし、仲は破局に。
しかし、そのすぐ後、彼女は病気から昏睡状態になって病院に入院してしまう。
眠り続ける彼女を看病しながら、主人公は彼女こそ自分の大事な人だと気づく。

■レビュー
ニューヨークを舞台にした映画では、タクシー運転手は
インド人かパキスタン人と決まっているが(笑)、ここではUBERというのが今日的。
しかも貧しい移民ではなく、成功した移民一家の息子というのも、定型の役柄とは違う。
主人公は週末になると実家に帰って、家族で食事をするのだが、
そこでは描かれるのは、移民した第一世代と
アメリカで育った第二世代との文化ギャップだ。
また、コメディでパキスタン系というと、扱うには難しい宗教ネタだが、
本作ではそこを避けずに(みんなが知りたいところでもある)、
主人公にあえて彼の宗教観を語らせているのは、勇気がいったろう。

中盤、彼女が昏睡してからは、主人公と駆けつけた彼女の両親とのやりとりが中心になるのだが、この両親がそれぞれ欠点もあるが良い人たちで、人間味を感じさせる演技が実に良い。
夫婦の感情のすれ違いとか、うまい。
ちなみに母親役はホリー・ハンターだ。
実は、本作は実話の映画化で、主人公はコメディアンである
本人自身が演じている。結末は、ハッピーエンドの
『ラ・ラ・ランド』と言っておこう。
★★

2018年2月22日木曜日

ザ・キング


2017年/韓国

監督:ハン・ジェリム
脚本:ハン・ジェリム
出演:チョ・インソン、チョン・ウソン、ぺ・ソンウ、リュ・ジュンヨル
配給:ツイン
上映時間:134分
公開:2018年3月10日(土)、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次ロードショー

●ストーリー 

 木浦に暮らす喧嘩好きの貧しい青年パク・テス(チョ・インソン)は、暴力ではなく権力で悪を制する検事に憧れ、猛勉強の末に検事となる。新人検事として地方都市で多忙な日々を送っていたが、ある事件をきっかけに部長検事ハン・ガンシク(チョン・ウソン)と出会い、人生が激変していく。他人を踏み台にし政治を利用してのし上がり「1%の成功者」となったガンシク。正義の仮面の下に隠された正体を知ったテスもまた、次第に悪の魅力に染まっていく。
 だが、制裁の刃はすぐそこに迫っていた・・。

●レビュー 

 冒頭、車の中で3人の検事が訝しげな会話をしている。その車が激しい衝突事故に見舞われる中で、検事のうち一人、パク・テス(チョ・インソン)が自らを回想する独白から物語が始まる。独白で語られる理由はのちにわかるが、前半は、木浦で暮らす貧しく素行も不良だったテスの成功物語。検事の持つ「力」を目の当たりしたのをきっかけに猛勉強の末、名門大に合格。運も味方してあれよあれよという間に新人検事になり、地方都市で仕事に邁進する姿が、韓国の80年代の激動を背景に現代史とともにコメディタッチで語られる。

 中盤、ある事件の揉み消しをきっかけに、政治や金、暴力団を利用して成り上がった部長検事ガンシクと出会い、テス自身も悪の道に染まっていく。権力に擦り寄り、裏社会とも繋がって出世してきたガンシクと戸惑いながらもプライドを捨てて追随するテスを、二人のイケメン俳優が、それぞれに持ち味を出し演じていて面白い。そして、監察部が彼らの悪徳行為を嗅ぎつけ、権力争いと私情にまみれた抗争が、二転三転しながらテンポよく進んでいく。

 注目したいのは、検察が出世と保身のために動き出す大統領選だ。劇中、実写を盛り込んだ歴代の大統領の姿が写し出され、実際の事件と物語を上手く絡めてリアル感を増している。歴代の大統領の汚職が次々と明らかになる韓国。パク・クネ元大統領の事件も耳に新しい。悪徳検事をめぐるクライムノワール映画という以上の、韓国に政治や社会に対する監督の痛烈な批判。それを語る脚本が秀逸で見事だと思う。社会の不条理は弱者の目線で描かれることが多いが、権力者の浮沈を全面に押し出すことで、世の中の生活者こそが真の「王」であって、本当の正義とは何かを教えられる。

 青年時代から、人生の起伏をに絶妙に演じたチョ・インソンは、嬉しい8年ぶりの映画出演。若手のリュ・ジュンヨルが、テスとの友情を紡ぎ本作の鍵となる暴力団のドゥイル役をキラリと光らせる好演。そして、男たちの抗争に楔を打つ、監察部の女性検事役のアン・ヒヨン役のキム・ソジン。彼女の静かな情熱を持った好演が際立っていて、この物語の勘所となっている。隣国の近代史と社会のあり様を知る作品として観たいと思う。★★★☆)加賀美まき



2018年2月8日木曜日

ゴーギャン タヒチ、楽園への旅


傑作群を生んだ、画家ゴーギャンのタヒチ時代を描く


2017年/フランス

監督:エドゥアルド・デルック
出演:ヴァンサン・カッセル、ツイー・アダムズ、マリック・ジディ
配給:プレシディオ
公開:127日よりBunkamura ル・シネマ他にて公開中

1891年のパリ、都会暮らしにゴーギャンは絶望し、まだ見ぬタヒチ行きを仲間たちに説く。
しかし同意するものは誰もおらず、また妻子もついていかず、
ゴーギャンはひとりタヒチへと旅立った。
タヒチでもパペーテの町は彼が望むような場所ではなく、
ゴーギャンはさらに奥地へと向かう。
そこで彼は村の娘テハアマナを見初め、妻に。
テハアマナはゴーギャンのミューズとなり、ゴーギャンの創作意欲を湧き立たせ、
後に知られる多くの傑作を生み出すが、幸せは長くは続かず、
テハアマナも文明に毒されていった。 

 映画で触れられていないが、物語が始まるのは
かつてゴーギャンが共同生活をしたこともある、ゴッホが亡くなった翌年。
ゴーギャンは、生涯に二度タヒチに滞在しているが、
本作はその第一回目となる1891-1893年の旅を描いたものだ。 

今でこそ、私たちは後にゴーギャンが評価されたことを知っているが、
当時はほぼ無名で、たまに絵が売れるくらい。
パトロンもいないから、日雇い労働でもしなければ、
とてもではないが生活を維持することはできなかった。
タヒチに渡ってもそれは同じで、絵の具を買うお金にも困っている様子が描かれている。

芸術を追い求めるゴーギャンにとって、タヒチは楽園でもあり、
また生活を考えると、貧乏という点ではパリと変わらなかった。
いくら文明を拒否しても、文明がなければゴーギャンが生きていけないという矛盾。
木彫りを村の青年に教えるゴーギャンだが、そうすると青年は観光客が買いそうな同じものばかり作るようになる。
それを怒るゴーギャンだが、日銭を稼ぐために木彫りを道端で売る彼自身とどう違うのだろう。
もちろん彼の絵画は一級の芸術品だが、それとて誰にも売れなければ、
誰にも評価されていないということにもなる。

タヒチの海が楽園というより、ゴーギャンの逃避の場としてしか見えないのは、
映画を見ながら、アートと生活という、芸術家には大昔からついて回った問題が、
妙に生々しく見えてしまったからかもしれない。
サマセット・モームの『月と六ペンス』をまた読みたくなった。

映画自体が面白いかというと、それほどでもなく、
ヴァンサン・カッセルの熱演はわかるのだが、
映画のゴーギャン自体に魅力を感じられなかったのが残念。
★★☆
 

 


2018年1月28日日曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2017年度ベスト10(前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)

■前原利行(旅行・映画ライター)
 2017年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作、旧作含めて129本。前年の146本より少なくなってしまった。2016年は邦画を見るチャンスが少なく、1本も入っていないのが残念。いい作品はあるはずなのだが。

1. ドリーム(セオドア・メルフィ監督/アメリカ)
 日本でもっと大ヒットして欲しかった。宇宙実話ものは、もともと大好きなジャンルだが、本作は文句のつけようがない出来。とにかく脚本が素晴らしく、無駄なシーンがない。そして脇役に至るキャラまで、手抜きなくきっちり作り込まれている。ファレルの音楽も最高! そして見終わった後、、最高に気持ち良い気分になれる。

2. ラ・ラ・ランド(デミアン・チャゼル監督/アメリカ)
 隙だらけの脚本、主役二人以外のキャラが全て書き割りと、『ドリーム』に比べると映画的完成度は低いかもしないが、それをすべて帳消しにする音楽のマジック。そしてラスト40秒で、心を持っていかれる。1回目はノイズになっていた部分も、2回目鑑賞以降は愛おしいシーンに。リピート鑑賞するたびに、没入度は倍増。

3. ローガン(ジェームズ・マンゴールド監督/アメリカ)
 Xメン、ウルヴァリン両シリーズを通じての最高傑作。マンゴールド監督の前作『ウルヴァリンSAMURAI』はひどい出来だったが、今回は『17才のカルテ』のようにキャラに深みを出す演出。このシリーズで号泣するとは。

4. ダンケルク(クリストファー・ノーラン監督/イギリス、アメリカ、フランス、オランダ)
 なぜか日本では評価が低いが、もしかしたらノーラン最高傑作かも。とにかく「映像で見せる」ことにこだわった作品で、大画面で見ることに意義がある。説明を省いたソリッドな演出は好き。

5. ありがとう、トニ・エルドマン(マーレン・アデ監督/ドイツ、オーストリア)
 162分もあると知って見るのを躊躇したが、見て大正解。長さも感じさせないくらい、いや、この長さが必要だったからこそ、最後にくるカタルシスが素晴らしい。主人公が訪問した家族の前で歌う「グレイテスト・ラブ・オブ・オール」はベストシーン。

6. ノクターナル・アニマルズ(トム・フォード監督/アメリカ)
 何がいいかと説明するのは難しいが、2016年の『キャロル』同様、濃密な映画時間を堪能できる。つまり演出が的確だということ。

7. 婚約者の友人(フランソワ・オゾン監督/フランス、ドイツ)
 これも1シーン1シーン、的確な演出がされている。そして観客が薄々気づいている謎は中盤で明かされ、そのあとに真の物語が始まる。

8. ブレードランナー2049(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/アメリカ)
 リドリー・スコットが監督しないでよかった! 

9. ムーンライト(バリー・ジェンキンス監督/アメリカ)
 非常に繊細な作品。セリフのない中でも、確実に感情は伝わる。

10. ガーディアンズ・ギャラクシー・リミックス(ジェームズ・ガン監督/アメリカ)
 単純に楽しめるが、父と子の関係もきっちり描いていて、最後は男泣き。

上記テンと同等によかった作品としては、『キングコング: 髑髏島の巨神』『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』、『ベイビードライバー』、『IT/イットそれが見えたら、終わり。』、KUBO二本の弦の秘密』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

カネコマサアキ(イラストレーター、マンガ家)


.『大仏+』(ホアン・シンヤオ黄信堯監督/台湾)
廃品回収業の肚財は、大仏を作る制作会社の夜間警備員・菜埔と夜な夜な社長のベンツに付いてる車載カメラの映像を観ながら妄想を膨らませている。ある日、2人は映像の中に重大な発見をする。富裕層と最下層の人間の悲哀を台湾閩南語のとぼけた掛け合いで語る。オフビートな笑いとモノクロ映像(部分的にカラー)が素晴らしい。東京国際映画祭にて。

.『ブラインド・マッサージ』(ロウ・イエ婁燁監督/中国)
南京で働く盲人マッサージ士たちの性愛を赤裸々に描く。いつものロウ・イエ節が炸裂なのだが、見えない盲者の世界と映画を観る側・健常者の世界がスクリーン上でぶつかり合うような驚くべき化学反応があり、作品を別のステージへ。

.『パターソン』(ジム・ジャームッシュ監督/アメリカ)
ニュー・ジャージー州・パターソン市でバスの運転手として働くパターソンは、パターン(図柄)好きな妻と愛犬マーヴィンに囲まれて、ワン・パターンな日常生活の中から詩を紡ぎだす。慎ましくも手作り感溢れる生活の隅々が美しい。

.『ハートストーン』(グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督/アイスランド)
 『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス監督/アメリカ)
毎年のLGBT映画枠というわけではないけれど、今年はどうしても1本に絞れないので2つ挙げることに。どちらも至高の純愛映画だと思う。

5.『立ち去った女』(ラヴ・ディアス監督/フィリピン)
冤罪によって30年投獄されていた女ホラシアは、彼女を陥れた元恋人に復讐するために故郷へ戻るが。美しいモノクロ映像の中、パロット売りのせむし男とトランスジェンダーの大女との夜の徘徊が彼女を癒してゆく。

6.『見えるもの、見えざるもの』(カミラ・アンディニ監督/インドネシア)
 『殺人者マルリナ』(モーリー・スリヤ監督/インドネシア)
フィルメックスでインドネシア勢が(しかも2人とも女性監督)2作同時グランプリを受賞したことは、大きな事件だ。それぞれバリ島、スンバ島の民間伝承からヒントを得た詩的な物語が展開する。

7.『夜空はいつでも最高密度の青空だ』(石井裕也監督/日本)
最果タヒの原作は読んだことはないのですが、昨年は『パターソン』や『ネルーダ』、上映されていないが『ソロ、ソリチュード』(インドネシア)なんていう映画もあるなど”詩人”映画が多かった印象。オザケンじゃないけど、意思は言葉を変え言葉は世界を変えていく、そんな映画だと思う。

8.『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(ケネス・ロナーガン監督/アメリカ)
音楽の使い方や設定などベタなところはあるけど、どこか粗野で無骨な感じが逆に心揺さぶられた。家族の崩壊を描いてるが、わずかに残る甥との絆を糧に男は生きてゆく。嗚咽を禁じえなかった。

9.『ブレードランナー2049(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/アメリカ)
前作を踏襲した世界観、映像美に酔いしれる。デッカードは人間であってほしい派だが、人間とは何か?根源的な問いがAI時代に突入した現在にも響く。SF感溢れる初体験のIMAX 3Dで。

10.『バンコクナイツ』(富田克也監督/日本)
元自衛隊員の小沢はバンコク・タニヤ通りで懇意のホステス・ラックと再会し、彼女の故郷イサーン地方へ。タイ駐在日本人の生態と彼女たちを生み出す背景に迫った力作。他者を描くことの無防備さを感じるところもあるが、その熱量に圧倒されるばかり。劇中の音楽モーラムの歌詞が胸を打つ。

次点(入れ替え可能作品)
Art through our eyes』(アピチャッポンほか5人の監督によるオムニバス/シンガポール)
『哭声/コクソン』(ナ・ホンジン監督/韓国)
『スヴェタ』(ジャンナ・イサバエヴァ監督/カザフスタン)
『グレイン』(セミフ・カプランオール監督/トルコ)
『石頭』(チャオ・シアン監督/中国)
『サムイの歌』(ペンエーグ・ラッタナルアン監督/タイ)
『インターチェンジ』(デイン・サイード監督/マレーシア)
『エヴォルーション』( ルシール・アザリロヴィック監督/フランス)
『変魚路』(高嶺剛監督/沖縄・日本)
『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』(パブロ・ラライン監督/チリ)
『ありがとう、トニ・エルドマン』(マーレン・アデ監督/ドイツ・オーストリア)

 自分にとって昨年一番のトピックと言えば『牯嶺街少年殺人事件』(1991年作・4Kレストア・デジタルリマスター版)25年ぶりの上映だった。幾度となくビデオで観ていたのだが、初見のような新鮮な味わいで完全にノックアウトされてしまった。少年の視点から主人公の父親の視点で観ている自分に時の流れを感じつつ、監督の意図したものがようやく理解できた感じがする。この天下の大傑作を観たせいか、他の映画が色褪せて見えてしまい、しばらく映画への興味を失うという日々が続いた。(それゆえ試写の重要作も4本ほど見逃してしまう。)本来ならこの作品がダントツで1位になるのですが、やはり今の映画を尊重すべきと思うので選択肢から外した。『タレンタイム』も過去2009年度にランキングしているのでこちらも除外した。PFFで観た日本映画『私たちの家』『赤色彗星倶楽部』も良かったが今年公開が決まってるので見送ることに。イベントとしては「カラフル!インドネシア」、「大阪アジアン映画祭」、「サンシャワー:東南アジアの現代美術」での特集上映、PFF、「東京国際映画祭」、「フィルメックス」などに通った。


加賀美まき(造形エデュケーター)

 2017年の韓国映画は、久しぶりに力のある作品が劇場公開されました。一方で、劇場公開されずDVDスルーとなる作品が増えたこと、また良質なコメディー作品が少なく残念でした。見逃してしまった作品があるので、今年もベスト5を選び、以下3作品は順不同です。

●韓国映画

1.「哭声 コクソン」 (ナ・ホジン監督/韓国)
 ある村で起こった連続殺戮事件。閉鎖的な村社会で、病、噂、祈祷、霊能など人々を取り巻く見えないものが絡み合い、2時間半、観客を戦慄と不条理の渦へ巻き込んでいく。脇役で知られるクァク・ドウォンが主演し、派出所の警官を好演。よそ者の男を演じた國村隼が韓国で助演男優賞を受賞して話題に。

2.「新感染 ファイナル・エクスプレス」(ヨン・サンホ監督/韓国)
 新幹線(KTX)内で繰り広げられる、対ゾンビのサバイバルアクション映画。原題は「釜山行き」で本国大ヒット作品。新鋭のヨン・サンホ監督実写長編第1作。人間ドラマとしても楽しめる。前日談となる長編アニメ「ソウル・ステーション・パンデミック」も見逃せない。主演は「トガニ」のコン・ユ。

3.「トンネル 闇に鎖された男」(キム・ソンフン監督/韓国)
 トンネンが崩壊し、車ごと閉じ込められた男。あるのはわずかな食料と水、携帯電話‥。ありがちな救出劇で終わらないのが「最後まで行く」のキム・ソンフン監督の力量。社会風刺を盛り込みドラマが展開する。閉じ込められた男を演じるハ・ジョンウの硬軟織り交ぜた絶妙な演技が際立つ。

4.「お嬢さん」(パク・チャヌク監督/韓国) 
「オールド・ボーイ」のパク・チャヌク監督作品。日本統治時代の設定で、日本人伯爵邸で繰り広げられる騙し合いのサスペンスドラマ。パク監督ならではのエロチックで耽美な演出が斬新。日本語のセリフが多く、多少耳に障るが、女優陣キム・ミニとキム・テリの熱演は必見。

5.「隠された時間」(オム・テファ監督/韓国)
 立ち入り禁止地区の洞窟に出かけた少女と同級生の少年3人。そこで少年たちが姿を消してしまう。程なく少年の一人が大人の姿で現れ、少女と再会。理不尽な大人たちが取り巻く中、ともに親を亡くした孤独な二人が、時空を超えて心を通わす物語が心を揺さぶる。ピュアな青年役のカン・ドンウォンが秀逸。

●その他 順不同
・「アシュラ」(キム・ソンス監督/韓国)
 ある都市を舞台にした、私欲にまみれた男たちの修羅場を描くクライムサスペンス。エグさ満載。
「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」(原題:ユン・ジェホ監督/韓国・フランス)
 出稼ぎで中国に渡った北朝鮮女性が辿る人生を追ったドキュメンタリー。現実を知る一作。
・「密偵」(キム・ジウン監督/韓国)
 日本統治下、独立運動の義烈団リーダー(コン・ユ)と日本の警察官(ソン・ガンホ)たちの攻防を描く。日韓の歴史を知る作品。

●韓国映画以外で印象に残った作品
ローサは密告された(プリランテ・メンドーサ監督/フィリピン)
・マンチェスター・バイ・ザ・シー(ケネス・ロナーガン監督/アメリカ)
・ノクターナル・アニマルズ(トム・フォード監督/アメリカ)