2019年10月12日土曜日

第三夫人と髪飾り




19世紀、北ベトナムの山間の里。富豪のもとに嫁いできた14歳の第三夫人。
トラン・アン・ユン監督の美学を受け継ぐ新たな才能によるファミリー・ヒストリー。


Vợ BaThe Third Wife)
2018年/ベトナム

監督・脚本:アッシュ・メイフェア
出演:トラン・ヌー・イエン・ケー、グエン・フオン・チャーミー、マイ・トゥー・フォン、グエン・ニュー・クイン、レ・ヴー・ロン
配給:クレストインターナショナル
公開:10月11日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

■ストーリー

19世紀末の北ベトナム。14歳のメイはその土地を治める富豪の元に、三番目の夫人として嫁いでくる。第一夫人・ハ(トラン・ヌー・イエン・ケー)には息子が1人、第二夫人スアンには娘が3人。一族にはさらなる男児の誕生が待たれていた。ランタンがともる華やかな祝宴の後、メイは初夜の儀式に臨む…。

■レビュー

昨年10月、国際交流基金アジアセンターの招きでトラン・アン・ユン監督が来日した際、長編処女作『青いパパイヤの香り』('93)の上映と監督夫妻によるトークショーを観る機会があった。映画を観るのは劇場公開以来で、実に25年以上ぶりになるが、その魅力は全く色褪せていなかった。トークショーでは、近年トラン監督がベトナムでワークショップを行い、若手育成にも力を注いでることが伝えられ、その「一番の成果」として挙げていたのがこのアッシュ・メイフェア監督の初長編作『第三夫人と髪飾り』という作品だった。トラン監督自身、美術監修としてクレジットされている。一体どんな作品なのだろう?観るのを心待ちにしていた。
                   *

舞台は19世紀末の北ベトナム。14歳の少女メイはその土地の富豪の家に第三夫人として迎えられる。父親ほど歳の離れた主人にセックスで仕え、品格のある第一夫人、子煩悩な第二夫人らと交流しながら性技や所作を学んでいく。子を身籠った事でメイは一人前に扱われるようになる。
 女性は跡継ぎの男子を産む事を第一の義務とされ、「子供のときは父親に、結婚したら夫に、老いたら長男に従え」という「三従の道」を強要された時代の話である。メイのほか、第一夫人の息子の結婚相手・幼妻トゥエットのエピソードは象徴的だ。1945年の独立後まで続いていたという一夫多妻制。アッシュ監督は自身の曾祖母の体験を元にこの脚本を書いたという。

ところで、この作品は導入部からして『青いパパイヤの香り』を思い出させる。10歳のムイという少女が奉公人としてサイゴンの資産家に連れてこられるシーン、ムイの目線で一家を覗き見るという様子がよく似てるのだ。その後、主人公ムイは成長し洋行帰りの音楽家と恋に落ちる。本作とは対照的に「自由恋愛」が描かれている。時代設定は1960年代だ。パリのスタジオセットで撮影され、ジョルジュ・バルビエの絵のようなエキゾチシズムを強調したような画面も特徴的だった。ムイを演じたのは、本作で貫禄ある第一夫人を演じたトラン・ヌー・イエン・ケーである。カメラの被写体の捉え方、性の比喩的な表現にも共通点を感じる。このあたりがトラン監督の美術監修の所以だろうか。

一方、本作『第三夫人と髪飾り』はオールロケ。場所は「陸のハロン湾」と呼ばれるベトナム8番目の世界遺産、チャンアンだ。スタッフ・キャストは数ヶ月に渡りそこで生活し、地元の慣習や生活を観察した上で、撮影に臨んだという。その色彩は淡い水墨画(トウイ・マック)のようだったり、森の中のシーンなどはルノワールのような印象派の絵を思わせる。自然や大地の中に、人間の営みが描かれているといった風である。女性たちの苦しみを別にすれば、どこか桃源郷のような風景に見える。

特筆すべきは、女性監督ならではというべきか、さまざまな年代・境遇の女たちを俎上に「女性性」を追求しているところだろうか。驚かされたのは、主人公メイが妊娠した後に、第二夫人スアンに抱く感情である。お腹の大きい妊婦にこんなことがあるのだろうか?と思うシーンだが、ジェンダー~社会制度とセクシュアリティの問題に深く切り込むシーンだと思う。
 男尊女卑という古い時代の名残りが現代にも存在するように、曾祖母の時代から監督自身に受け継がれているものを、酸いも甘いも余す事なく伝えているように見える。ある種のエスノグラフィだともいえる。トラン・アン・ユンの美学を受け継ぐ新しい才能に今後も注目だ。
(カネコマサアキ★★★☆)


2019年9月21日土曜日

ホテル・ムンバイ


Hotel Mumbai
 
 

2008年に起きた「ムンバイ同時多発テロ」を基に描く

2018年/オーストラリア、アメリカ、インド

監督:アンソニー・マラス
出演:デヴ・パテル(『スラムドッグ$ミリオネア』『奇蹟がくれた数式』)、アーミー・ハーマー(『君の名前で僕を呼んで』)、ナザニン・ボニアディ(『パッセンジャー』)、アヌパム・カー(『ビッグ・シック 僕たちのおおいなる目ざめ』

配給:ギャガ
公開:927日よりTOHOシネマズほか全国で公開
公式HPgaga.ne.jp/hotelmumbai/

●ストーリー
 20081126日、臨月の妻と幼い娘と暮らす給仕のアルジュンは、いつものように仕事先のタージマハル・ホテルへ向かった。その日、ホテルには生後間もない娘とシッターを伴ったアメリカ人建築家デヴィッドと妻のザーラ、ロシア人実業家のワシリーなども泊まっていた。一方、ゴムボートでムンバイに上陸したテロリスト集団はまずCST駅を襲撃。別の集団は外国人でにぎわうコラバのカフェを襲った後、タージマハル・ホテルに逃げ込んだ人々に混じって入り込み、無差別に射撃を始める。

●レビュー
 この事件の数年前、このタージマハル・ホテルに泊まったことがある。このホテルは単なる高級ホテルではない。19世紀末、インド有数の財閥であるターターが友人とホテルに行ったところ、「欧米人専用である」と入場を断られた。そのことがターターに、インドにインド資本の一流ホテルを建てなければならないと決意させ、1903年にこのホテルが完成した。つまり映画のタイトルのように、タージマハル・ホテルは、ムンバイの町やインドの象徴でもあるのだ。そのためにテロリストたちの標的にもなったのだろう。

 本作では実際に起きた事件のリサーチに時間をかけ、事件に巻き込まれた多くの人たちの要素をまとめて何人かのキャラクターを作り出している。映画の主人公のひとりであるアルジュンもそんなひとりだ。ホテルの給仕でシク教徒だ。演じるデヴ・パテルは、出世作となった2009年の『スラムドッグ$ミリオネア』のラストシーンで踊ったCST駅が、撮影数ヶ月後にテロの舞台になったことを忘れていなかったという。

 映画はテロ事件の様子を、冷静に映し出していく。正直、人は誰かが撃たれるまで危機感はない。銃を堂々持って歩いても「あれ?」というぐらいの感じなのだ。犯人たちはCST駅のトイレで銃を準備し、無造作に外に出て撃ちまくる。伏せようが死んだふりしようが関係ない。別グループは、僕も何度も行ったことがあるコラバの名物カフェのレオポルドへ。ここは六本木のアマンドみたいに繁華街に面した場所だ。こんなところで犯人が入ってきたら、もうどうしようもない。外国人なら隠れても探し出されて射殺されるだけだ。映画では、運良くレオポルドを脱出した外国人カップルが、運悪くタージマハル・ホテルに避難するシーンがある。徒歩5分程度だし、テロが起きた時に高級ホテルが一番安全な避難場所と思うのも無理もないかもしれない。その時点ではテロの標的が何かもわからないのだから。映画では描かれていないが、タージマハル・ホテルと同時に、やはり高級ホテルのオベロイも襲われ、そこでは日本人ビジネスマンひとりが犠牲になっている。

 しかし映画を見ていて思ったのは、銃を持った男が一人いたら一般人100人ぐらいはすぐに殺せるということ。もう、戦うなんて不可能。それはキアヌとかセガール映画の世界。そしてこうした無差別殺人の場合、逃げても隠れても、助かるか助からないかは自分の行動ではなく、単なる運しかないってことだ。走って逃げても撃たれる。隠れても、見つかるのは時間次第だ。本作でも、主要登場人物の多くが途中まで生き延びても、ほとんど抵抗できないままあっけなく死んでいく。テロリストたちにとっては、人を殺すのはゴキブリを叩くのと同じぐらいの感覚なのだ。

 一方、映画はテロリストたちの素顔も描いていく。彼らの多くは少年と言ってもいい年頃だ。イスラーム過激思想に洗脳され、死ねば天国に行けると思っている。また、お金が目的で参加したものもいる。彼らもまた「神のために人を殺せ」と言われて従順に従い、最後は射殺される使い捨ての犠牲者だ。首謀者は携帯で指示するだけで、自分は安全な場所にいる。洗脳された少年が、女性の頭を平然と撃ち抜く姿は怖い。

 中盤から、ホテルの中に舞台が限定されていく。たった3人の少年たちが各部屋を回って宿泊客を撃ち殺していく間、取りかこむ数百人の警官隊は何もできない。多分アメリカなら3時間で決着つくと思うが、インドではテロ終結まで60時間もかかってしまう。まあ、しかし日本で同じようなテロが起きたら、多分インドとそう変わらないことになるだろう。お役人は誰も責任を取りたくないから、突入しないのは目に見えている。

 前述の通り、このホテルに泊まったことがあるので、ついつい自分だったらどうするかとリアルに感じて観てしまった。もちろんこの映画には欠点もある。宿泊客たちの描きこみが弱かったり、ホテルスタッフが美化されているような気がしたり、実際のタージマハル・ホテルのロビーとは似ておらず、最後は無理やりハッピーエンド感があるなどだ。しかし、まあそれは細かいところで、大筋としてはあのテロ事件をうまく映画化したと思う。そして最も憎むべきは、人を憎むように少年たちを教育した輩だ。そしてもし自分があの場にいたらどうすべきなのか。回答がない自問かもしれないが、考えざるをえない作品だ。
★★★☆

2019年7月4日木曜日

東南アジア映画の巨匠たち

左からエリック・クー、ブリランテ・メンドーサ、ガリンヌグロホ監督。
ほぼ同世代の3人。ゲスト登壇予定。(3日、シンポジウムにて)


「東南アジア映画の巨匠たち」
7月3日(水)ー10日(水)有楽町スバル座にて(上映は4日から)

今年設立6年目を迎える国際交流基金アジアセンターが、これまでの文化事業の集大成として「響き合うアジア2019」を開催している。その一環として東京国際映画祭とともに企画されたのがこのプログラム「東南アジア映画の巨匠たち」だ。各国の巨匠たちの作品に加え、次世代の作家もまとめて10作品を紹介する。

目玉といえば、インドネシア映画の巨匠、ガリン・ヌグロホ監督の最新作で日本初上映の『メモリーズ・オブ・マイ・ボディ』だろう。中部ジャワのレンゲル(女装した男性が踊る女形舞踊)の踊り手を主人公にした作品で、ヴェネチア国際映画祭に出品されたものだ。
エリック・クー監督の名作『ミー・ポック・マン』(デジタル・リマスター版/1995)や『一緒にいて』(2005)は、怪奇映画というジャンルに留まらないシンガポールらしい作品。久しぶりの上映で今後いつ上映機会があるかわからない必見作だ。
リティ・パン監督の『飼育』(2011)は大島渚監督の同名作をカンボジアに置き換え翻案した作品。
次世代の新鋭作品といえば、ヌグロホ監督の愛娘カミラ・アンディニ監督の『見えるもの、見えざるもの』(2017)は『マルリナの明日』と同時にフルメックスで最優秀作品賞に輝いた秀作。バリ島を舞台に双子の子供たちの心象風景を描く。タイの新鋭ナワポン・ラタナリット監督『ダイ・トゥモーロー』(2017)は東京初上映である。
日本とアジアの監督たちとのコラボレーションを実現させた『アジア三面鏡』のシリーズは「響き合うアジア」にぴったりの内容だ。こちらも見逃せない。ゲストも登壇しトークを予定している。(カネコマサアキ)


【作品のラインナップ】
『メモリーズ・オブ・マイ・ボディ』Memories of My Body (2018) (ジャパンプレミア)
監督:ガリン・ヌグロホ(インドネシア)
『アルファ 殺しの権利』Alpha, The Right to Kill (2018)
監督:ブリランテ・メンドーサ(フィリピン)
『アジア三面鏡2016:リフレクションズ』Asian Three-Fold Mirror 2016: Reflections
監督:ブリランテ・メンドーサ、行定勲、ソト・クォ―リーカー
『ミーポック・マン』[デジタルリストア版] Mee Pok Man (1995)  ([デジタルリストア版]ジャパンプレミア)
(併映作品:『痛み』Pain 1994 )
監督:エリック・クー(シンガポール)
『一緒にいて』Be With Me(2005)
監督:エリック・クー(シンガポール)
『十年 Ten Years Thailand』Ten Years Thailand (2017)
監督:アーティット・アッサラット、ウィシット・サーサナティヤン、チュラヤーンノン・シリポン、アピチャッポン・ウィーラセタクン(タイ)
『飼育』Shiiku (2011)
監督:リティ・パン(カンボジア)
『見えるもの、見えざるもの』The Seen and Unseen(2017)
監督:カミラ・アンディニ(インドネシア)
『ダイ・トゥモロー』Die Tomorrow (東京初上映)(2017)
監督:ナワポン・タムロンラタナリット
●『アジア三面鏡2018:Journey』Asian Three-Fold Mirror 2018: Journey
監督:デグナー、松永大司、エドウィン

詳細・スケジュールはこちら。


2019年6月9日日曜日

The CROSSING クロッシング




ジョン・ウー監督渾身の大河ドラマ。

太平輪/The Crossing
2014年/中国
監督:ジョン・ウー
出演:チャン・ツィイー、金城武、ソン・ヘギョ、ホアン・シャンミン、ドン・ダーウェイ、長澤まさみ、トニー・ヤン
配給:ツイン
上映時間:129分(part1) 125(part2)
公開: 67日(part1)14日(part2)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次ロードショー
公式サイト:http://thecrossing.jp/


■ストーリー

1945年、抗日戦線で英雄になった雷義方(ホン・シャオミン)は、上海の舞踏会で令嬢・周蘊芬(ソン・ヘギョ)と出会い、結婚するが、国共内戦の激化に伴い、彼女を台湾に避難させ、戦闘の最前線へ。日本軍の従軍医だった嚴澤坤(金城武)は除隊後、台湾の実家で医師を続けるが恋人・雅子(長澤まさみ)のことが忘れられないでいる。1948年、于真(チャン・ツィイー)は出征したまま行方不明になった恋人を探すため、従軍看護婦に志願。見知らぬ兵士・佟大慶(ドン・ダーウェイ)と偽の家族として写真をとり、配給の食べ物を得るが、そのうち困窮し娼婦に身を落として行く。3組の男女の人生は、上海ー基隆間を結ぶ大型船・太平輪沈没事故を軸に交差する。part1「国共内戦編」、part2「太平輪号編」。

■レビュー

1949年に起きた太平輪沈没事故を題材にしたジョン・ウー監督渾身の大作である。
戦闘シーンの過剰な爆発や、戯画化された銃の持ち方は、ジョン・ウー作品を良く知ってる人なら特に気にならないと思うが、そうでない人は、長澤まさみの着物姿や髪型に過度なエキゾチシズムを感じるかもしれない。だが、得意のアクションを抜きにしても、3組の男女が辿るドラマは相当な見応えがあるのではないかと思う。
太平輪沈没事故は中国のタイタニック号と形容されるだけあって、ジェームス・キャメロン監督作と比較されそうだが、クライマックスの一大スペクタクルシーンにも、ジョン・ウー節が炸裂しており、見応え十分だ。

龍印つき(つまり中国のセンサーシップを受けている)の香港・中国映画は、もはや当たり前になってしまったけど、意外だったのは、国共内戦を描いているのに、共産党軍はほとんど蚊帳の外のように描かれていることだ。チャン・ツィイーの役どころも国民党軍の兵士の恋人を捜すという設定だ。中国市場のことを考えるなら、共産党軍側にメインキャラクターがいても不思議ではないと思うからだ。
また、台湾映画の文脈からいえば、戦後大陸から渡って来た「外省人」と、金城演じる台湾語を話す「本省人」たちの出会いの時期を描いており、(その後、両者の間で大きな軋轢が生まれるわけだけど)勢力的にはわりとフラットに描かれている。だが、トニー・ヤン演じる弟が台湾から理想を求めて大陸に渡るというサブストーリーや、日本(娘)に想いを馳せる金城武の役どころ含め、この兄弟の描き方はすごく意味深だ。総じて僕がこの映画から感じるのは、「外省人」が持つような台湾から大陸への望郷のベクトルではなく、大陸から台湾への強い眼差しだ。

自分は「オールド上海」の世界観に興味があるので、チャン・ツィイーのパートにとりわけ引き込まれた。娼婦として身を落として行く姿は阮玲玉の『女神』('34)を思い出した。また黄暁明演じる兵糧攻めに合う将校のパートは、たまたま同時期に観たハワード・ホークスの『永遠の戦場』('36)の筋書きと似ていて、案外ジョン・ウー監督なら参考にしているのかもしれないと思った。(同じように爆撃シーンがすごいのだ)現代の東アジア情勢に通じる歴史モノとして、見所つきない作品だと思う。

カネコマサアキ(★★★☆1/2

■関連事項

「太平輪沈没事故」は1949127日に発生した海難事故である。中華民國中聯企業公司の客船・太平輪が上海から基隆市に向けて夜間航行中に過積載(2093トン)と航海灯の無灯火により、舟山群島海域の白節山付近で石炭や木材を運搬中の貨物船建元輪と衝突し、両船とも沈没した。太平輪に乗っていた1000人が死亡した。オーストラリア軍艦が34人を救助、舟山群島の漁師が登録されていない人々(未記名人員)を救助したが、生存者は合わせて50人だった。この事故は、中国のタイタニック号沈没事故と呼ばれるている。(ウィキペディアより)


2019年6月1日土曜日

メモリーズ・オブ・サマー



70年代末、ポーランドの短い夏。少年は母の秘密を知る。

Memories of Summer
2016年/ポーランド

監督:アダム・グジンスキ
出演:マックス・ヤブチシェンスキ、ウルシュラ・グラボフスカ、ロベルト・ヴィエンツキェヴィチ
配給:マグネタイズ
公開:6月1日(土)YEBIS GARDEN CINEMA、UPLINK吉祥寺ほか全国順次ロードショー

■ストーリー

1970年代末のポーランドにある小さな町。12歳のピョトレックは新学期までの夏休みを母ヴィシアと過ごしている。父親はソ連へ出稼ぎ中。ピョトレックはその休みを大好きな母親と満喫できるものと思っていたが、母親は毎晩のように外へ出かけるようになり、ピョトレックは疑心暗鬼になる。そんなある日、都会からやってきた少女マイカと知り合い、好意を抱くようになる。

■レビュー

美しい映画だと思った。
まず目を引いたのはオレンジを基調とした色彩設計だ。登場人物たちのブロンドとよく似合い、少年の水色のランニングシャツや朱色の海水パンツを際立たせる。母親の洋服の色合いの選択も、惚れ惚れしてしまう。加えて、部屋に置かれているミッドセンチュリーの素朴な家具調度品。70年代の共産圏の、質素だがお洒落な雰囲気が伝わってくる。

劇中には琥珀のペンダントが象徴的に出てくる。オレンジ色はその琥珀色に呼応していて、映画自体がある時代を琥珀の中に閉じ込めたような雰囲気を持っている。ポーランドは琥珀の産地として名高いそうで、劇中に流れる曲のアンナ・ヤンタルという女性歌手の名前「ヤンタル」はポーランド語で「琥珀」という意味なのだそうだ。

もう一つの魅力はピョトレックを演じる少年だ。あどけなさの残る、大人の世界に足を踏み入れようとしている多感な年頃を見事に演じている。『大人は判ってくれない』の頃のジャン=ピエール・レオや『小さな恋のメロディ』のマーク・レスターを思わせる。この少年が登場するだけで、映画が成立してしまう。そんな存在だ。

表層の美しさとは相反して、物語はかなりダークでトゲがある。母親の不倫、引っ越して来た少女への恋が、楽しいはずの少年の夏休みに影を落とす。信頼していた2人の女性の欲望と嘘を目の当たりにするのだ。この時期のポーランドは西側諸国からの資本と技術を導入し高度成長を目指したが失敗、経済的に混乱を極めていたようで、出稼ぎによる夫(父親)の不在が社会や家庭に深く影響を及ぼしてるているように見える。

多くは語られず、謎めいていて、パズルのようにピースを当てはめていく必要がある。ある種のミステリとしての語り口だ。欲をいえば、母親の不倫相手の必然性を、もう少し露にしてくれたら良かったと思うが、何度も観たくなる中毒性を孕んでいる。


(カネコマサアキ★★★☆)

2019年5月28日火曜日

パドマーワト 女神の誕生


インド史上の美女をめぐる、闘いを描く歴史大作

2018年/インド
監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー(『ミモラ 心のままに』)
出演:ディーピカー・パードゥコーン(『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』)、ランヴィール・シン、シャーヒド・カプール
配給:SPACEBOX
公開:6月7日より新宿ピカデリー、ユナイテッドシネマほか全国で公開
公式HP:http://padmaavat.jp/


●ストーリー
13世紀末、ラージャスターンのラージプト族のひとつメーワールの王ラタン・シンは、シンガール王国(スリランカ)を訪れる。
その時、シンは王女パドマーワティと恋に落ち、彼女を妃に迎えることに。
その頃、北方のデリーでは、アフガニスタンからやってきたハルジー朝がデリーを都として力を伸ばしていた。
その中で若きアラーウッディーンは頭角を現していき、スルタン(皇帝)である叔父を殺し、ハルジー朝のスルタンの位を簒奪する。
モンゴル軍の侵入を防ぎ、「第二のアレクサンドロス」と呼ばれたアラーウッディーンに敵はいなかった。
そんな時、アラーウッディーンは絶世の美女パドマーワティの噂を聞き、軍をメーワールの都に向ける。

●レビュー
何年か前、ラージャスターンのチットールガル城塞へ行った。
行った人はわかると思うが、ここは平地にそびえる高さ150m、東西800m、南北2.5kmという軍艦のような形をした丘だ。
その周りを城壁が取り囲み、戦時には人々がこの中に避難して戦うという城市だった。
今では中は遺跡になっているが(世界遺産)、その中に「パドミニ・パレス」という建物がある。これは王妃パドミニ(パドマーワティ)のために建てられた宮殿で、その隣の貯水池の中に小さなキオスクがあった。
解説によると、そこはアラーウッディーンがパドマーワティを見初めた場所と書いてあった。
その時は、本作で描かれたパドマーワティの伝説は知らなかったので、今回は映画を見て「ああ、あの場所か」と感慨深いものがあった。

パドマーワティは、インドでは知らない者がいないという絶世の美女だ。
何しろ彼女を手に入れるために、時のスルタンが大軍を送ったほどなのだから。
とはいえ、それは歴史上の事実ではなく文学による創作だ。
1540年にイスラームの詩人が著した叙事詩「パドマーワト」で、1303年に起きたハルジー朝のメーワール王国への侵攻をロマンチックに脚色したものだが、それが人気を呼び人々の間で歌い継がれ、現代ではドラマや映画として上演されて、インドでは知らぬもののない状態になったのだ。

本作はその叙事詩をもとに、自由に脚色した歴史大作だ。
33億円というインド映画では最大級の制作費を使ったが、『バーフバリ』のような派手な戦闘スペクタクルシーンは意外に少ない。
それではその制作費はどこに消えたかというと、CG処理ではなく(もあるが)、豪華な宮殿のセットや主人公であるパドマーワティの衣装代だという。
実際、そちらを見せるシーンにはかなり力をかけていることは確かだ。
一着何百万もする衣装が、映画のために作られたという。

本作はインド映画の王道とも言える演出で、特に目新しいところはない。
美男美女が出会って恋に落ち、結ばれるが強敵が登場する。
キャラクターもぶれずに、映画内での成長も特にない。
いい人は最後までいい人、悪い奴は反省もしない。
歌や踊りもあり、安心して見られる。
『バーフバリ』みたいに、笑っちゃうほど破天荒でもでもない。
オーソドックスに堅実に作っているのだ。

映画ではハルジー朝の軍は二度にわたってチットール城を包囲する。
ただしその攻防戦が、力の戦いだけではなく、バカしあいで相手の心理を見抜いて逆手に取るのは面白かった。
メーワール国王は善人なのだが、その分、映画的には掘り下げにくく、また攻めてこられる側なので、ドラマはほとんどが悪役であるアラーウッディーンを中心に展開する。
なのでアラーウッディーン、出番は多いのだが、もう少し人物像を彫り込んで見たら(小さい頃にトラウマがあったとか、冷酷だが動物は異常に愛するとか)と思う。
まあ、インド映画でそれをやったら、観客が混乱してしまうかもしれないけど。

二人の男の闘いも見せ場としてあるが、やはりパドマーワティを演じるディーピカー・パードゥコーンの美しさが本作の最大の見どころだろう。
とにかく彼女が美しく見えるようにというのが、本作のキモなのだ。
ということで、ラージャスターンの宮殿と豪華な衣装、それにアクションを足して楽しめる2時間半。この映画はしばしあなたをインドに連れて行ってくれるはずだ。
★★★

2019年5月18日土曜日

マルリナの明日



たった1人で強盗団に立ち向かうマルリナ。
これが噂のナシゴレン・ウェスタンだ!

2017年/インドネシア・フランス・マレーシア・タイ合作/インドネシア語
監督:モーリー・スリヤ
出演:マーシャ・ティモシー(『カリファーの決断』『ザ・レイドGOKUDO』)、エギ・フェドリー、ヨガ・プラタマ
配給:パンドラ
公開:5月18日(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー
https://marlina-film.com/

■ストーリー

夫と子供を亡くし、荒野の一軒家で静かに暮らすマルリナ。そこへ、7人の強盗団が彼女を襲う。暴行を受けながらも次々と強盗団を倒し、首領マルクスの首を刎ねて脱出する。自らの正当防衛を証明するため、遠く離れた警察へ向かうが、強盗団の残党たちが彼女の行方を追う。

■レビュー

舞台はヌサ・トゥンガラ諸島にあるスンバ島。
荒涼とした乾いた土地は、そこがインドネシアであることを忘れてしまいそうだ。以前は森林で覆われてたそうだが、過度の放牧や野焼きで荒廃してしまったのが原因らしい。インドネシアでも最も貧しい地域であり、「現代社会では起こりえない事が、今でも起こっている場所」(監督の弁)なのだそうだ。未開拓地域・無法者の闊歩する世界を描いた西部劇の移築先としては最適な場所なわけだ。

西部劇風といっても不思議なテイストに満ちている。テーマもいわゆる復讐劇や英雄譚とはちょっと違う。「何じゃこりゃあ!」と松田優作みたいに驚いてほしいので詳細は伏せるが、スンバ島の風習や精霊信仰が色濃く作風に現れている。(その風習はスラウェシ島にも存在する)個人的には『ガルシアの首』('74)『メルキアデス・エストラーダ三度目の埋葬』('05)あたりを彷彿とさせるが、モーリー・スリヤ監督にとってはジャームッシュの『デッドマン』('95)が制作のガイドになっているようだ。
ちなみに「ナシゴレン・ウェスタン」と宣伝文句が踊っているが、ナシゴレンは出てこない。劇中に出てくる象徴的な食べ物はスプ・アヤム(鶏のスープ。ソト・アヤムとも言う)である。インドネシアのおふくろの味であり、傷ついた女性を癒すにはぴったりの優しい味の料理だ。もう少しネタばらしをするなら、この映画は西部劇の男臭さとは相反して、虐げられた女たちの物語なのである。

映画の企画は、2014年シトラアワード(インドネシア版アカデミー賞)で審査員を務めていた縁で、ガリン・ヌグロホ監督から原作「The Woman」を手渡されたことに始まる。ヌグロホ監督がスンバ島での経験を元に書いた脚本は、女性監督によって制作されるべきだと考えたようだ。そうして完成された作品は、カンヌでお披露目、フィルメックスで最優秀作品賞、2018年の同シトラアワードで10部門受賞する快挙となった。

先輩風を吹かせるわけではないが、僕は2013年の旅シネベストテンでモーリー・スリヤ監督の『愛を語るときに、語らないこと』('13 )を2位に挙げている。盲学校を舞台に、赤裸々な恋愛から国家表象まで描かれ、凄い才能の映画作家が出て来たものだと興奮した。彼女のオリジナル脚本で、本来の持ち味が色濃く出ている作品だ。こちらの作品も素晴らしいので、是非上映機会が増えることを願っている。(『マルリナの明日』も『殺人者マルリナ』のタイトルで2017年度のベストテン6位に挙げている)

(カネコマサアキ★★★☆)