2018年8月10日金曜日

ゲンボとタシの夢見るブータン

The Next Gardian
2017年/ブータン・ハンガリー

監督:アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー
配給:サニーフィルム
公開:8月18日(土)よりポレポレ東中野ほか全国ロードショー

■ストーリー

ブータンの小さな村に暮らす兄ゲンボ(15歳)と妹タシ(14歳)。ゲンボは悩みを抱えている。一族が代々受け継いできた寺院を引き継ぐために学校を辞め、戒律の厳しい僧院学校に行くように父親から薦められているからだ。タシは女子サッカーに夢中でナショナルチームへ行くことを夢みている。急速な近代化で変わりゆくブータン社会の中で思春期を迎えた子供たちの未来をみつめるドキュメンタリー。

■レビュー

ゲンボとタシの兄妹が実に魅力的だ。
二人は今どきの日本の中高校生のようにYoutubeやFacebookに興じ、まるで仲のよい親友同士のように、サッカーや可愛い女の子の話で盛り上がる。え?と思った方も多いだろう。兄弟ならまだしも、兄と妹が?と。タシは男っぽい女の子で、性同一障害(FtoM)の要素があるようなのだ。両親も「男の子の魂を持って生まれて来た」と、その辺は理解を示してるようだ。

一方、ゲンボは父親の期待を一心に背負っている。舞台となっているブムタンはブータン中部にあり、一族が代々受け継いできたチャカル・ラカンは8世紀初頭にまでルーツを遡る由緒ある古刹らしい。ゲンボとタシは600年前にその地に寺を建てた高僧ドルジ・リンパの子孫にあたる。父親は責任を感じていて、一刻も早く僧院学校に入学させ一通りの祭事を息子に教えたいと思っているが、母親は海外の訪問者を案内するための英語の勉強も必要だしそんなに急がなくても、と言って意見が合わない。ゲンボ本人も進路を決めかねているようで父親の問いかけにも無口だ。

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国家として「国民総幸福量:GNH」という理念を掲げるブータンだが、実は目標の数値を達成できないでいる。鎖国状態から1999年にTV放送とインターネットが同時に解禁され、2008年に立憲君主制に移行する新憲法が公布、ブータンは急激な近代化のただ中にある。物質主義ではない豊かさに価値を求めようとシステム化されたGNHだったが、皮肉なことに、国際化・近代化は多様な価値観、金=幸福の認識を広めてしまったため、人々の幸福度は下がってしまったようだ。

子供たちにとって何が幸せなのか。映画は結論を出さず、我々に問いかける。現代人にとって、目移りしてしまうほどたくさんの可能性があることは、ある種の不幸かもしれないと時に思ったりする。だが、これはすでに近代化を終えた側の身勝手な言い分に過ぎないかもしれない。伝統と近代化の問題は戦後アジア各国で未だに引きずっている問題だが、ゲンボと父親が下見に訪問した僧院学校の先生がとても現実的で理性的な意見を言うのが意外で安堵もした。ゲンボとタシは将来どういう選択をしていくのか。彼らの成長が気になるので、ぜひ続編を希望したい。
(カネコマサアキ★★★)

■関連事項
ブータン出身のアルム・バッタライとハンガリー出身のドロッチャ・ズルボーは、若手ドキュメンタリー制作プログラム「ドッグ・ノマッズ」で出会い、世界7つのドキュメンタリー・ピッチング・イベントに参加。国をまたがる6つの財団から資金を得て、完成にこぎつけた。その制作過程も興味深い。



「ゲンボとタシの夢見るブータン」ポレポレ東中野 公開記念ミニ・トークイベント・シリーズ 
8/18(土)12:20~上映後、監督&出演者ゲンボによる舞台挨拶(Skype)
8/20(月)19:10〜の回上映後 内山 拓/NHKスペシャル「秘境ブータン 幻のチョウを追う」
8/26(日)12:20〜の回上映後 松本 紹圭/浄土真宗本願寺派光明寺僧侶、一般社団法人お寺の未来代表理事  
8/29(水)19:10〜の回上映後 天城 靱彦/Tokyo Docs 実行委員会委員長
8/30(木)19:10〜の回上映後 関 健作/写真家、元ブータン日本人教師
9/2(日)12:20〜の回上映後 関野 吉晴/探検家、医師
9/3(月)19:10〜の回上映後 石川 直樹/写真家
9/5(水)19:10〜の回上映後 南 のえみ/Be Inspired! 編集者
9/7(金)19:10〜の回上映後 加部 一彦/埼玉医科大学総合医療センター小児科


8/25(土)& 8/26(日)大阪公開記念トークイベント
25日(土)12:20の回上映後にトーク ゲスト: 松尾 茜/元・ブータン政府観光局職員、現・京都大学大学院 地球環境学舎 持続的農村開発論分野
26日(日)12:20の回上映後 草郷 孝好/関西大学 社会学部 社会システムデザイン専攻 教授

9/1(土)「ゲンボとタシの夢見るブータン」 京都公開記念特別講演会
講師:熊谷誠慈/京都大学こころの未来研究センター
会場:出町座/時間:12:30〜の回上映後/劇場イベントページ



2018年8月6日月曜日

英国総督 最後の家


Viceroy’s House
2017年/イギリス

監督:グリンダ・チャーダ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジリアン・アンダーソン、マニーシュ・ダヤール、フマー・クレイシー、マイケル・ガンボン
音楽:A. R. ラフマーン
配給:キノフィルムズ/木下グループ
公開:8月11日より新宿武蔵野館ほか

公式HP:http://eikokusotoku.jp/

●ストーリー


1947年、独立が決まったインドのデリーに、最後となる新総督マウントバッテン卿とその家族がやってきた。目的は、つつがなく独立インドに主権譲渡をすること。新総督の到着に合わせ、インド人青年ジートが新しく秘書として雇われてやってきた。パンジャブ地方出身のジートは総督邸でかつて思いを寄せていた女性のアーリアと偶然再会する。アーリアはマウントバッテンの娘パメラの世話係だった。
準備を始めるマウントバッテンだが、ネルー、ガンディー、ジンナーといった指導者たちの意見はまとまらなかった。ネルーはムスリム優遇には難色を示し、ジンナーは分離してムスリム多数派の国を望んだ。ガンディーは統一のためにはジンナーに譲歩するようネルーに言うが、聞き入れられない。そんな指導者たちの対立が民衆に及び、各地で宗教対立による暴動が起こる。混乱を避けるため、マウントバッテンは分離支持に傾いていく。

●レビュー


8月15日は日本では終戦記念日だが、インドでは独立記念日となる。本作は、インド独立となった1947年8月15日にいたるまでの6ヶ月を、主権譲渡のためにやってきたマウンバッテン卿とその家族、そして総督邸で働くヒンドゥー教徒のジートとムスリムの女性との恋などを絡めて描いた歴史群像ドラマだ。

こうした歴史ドラマは大きく分けると2通りある。ひとつは歴史はあくまで背景で、そこに生きる人間の葛藤を主にしたもの。もうひとつは、歴史の動きをわかりやすく描くために、各役割を担う人々を散らした群像ドラマだ。本作は後者で、監督もコメントしているように、デビッド・リーン監督作(『アラビアのロレンス』など)を意識したようだ。ということで、人間ドラマというより、教養的な部分でいろいろとためになることが多い作品ととらえるといいかもしれない。

歴史の舞台をわかりやすくするため、本作ではさまざまな立場の人を登場させる。最後の総督となるマウントバッテンはイギリス貴族らしく、感情を抑え、自分の職務をまっとうしようとする生真面目な人間として描かれている。しかしその生真面目なゆえ、自分が老獪な政治家チャーチルに利用されているとは最後の方になるまで気付かない。現地で出迎える参謀のイズメイはチャーチル派で、マウントバッテンが知らない政府の思惑を裏で進めようとしている。
チャーチルは保守派の植民地主義者で、インドの独立には反対していた。しかし独立が避けられないとしたら、ソ連とアメリカが強大になる戦後の世界を睨み、パキスタンを分離独立させて英国の味方につけようとしていた。映画では、チャーチルはひそかに最初からジンナーにパキスタンを与えることを約束しており、ネルーやガンディーには「統一」という餌をぶら下げていただけということになっている。チャーチルは今の基準で言えば白人至上主義者であり(当時としてはふつうだったが)、ガンディーが嫌いだった。そして独立したインドがソ連と仲良くすることは避けたかったのだ。チャーチルは終戦を待たずに選挙で負けるが、マウントバッテンが赴任する頃には、自分の思惑を実行する人々を配置させていた。

インド側の代表となるネルー、ガンディー、ジンナーはそれぞれのそっくりさんが出てきて、それぞれの異なる主張をする。ガンディーは、統一インドの初代首相はジンナーにすべきと言うが、ネルーら国民会議派には受け入れがたいものだった。また、ジンナーにとっても、イスラム教徒が多数派になるのが目的だったので呑めるはずがない。しかし多数派にとっては天国でも、それが目的となる国では少数派には地獄になる。ガンディーはそのむなしさをわかっていたから、分離という結果には失望しかない。

インド側の庶民はどうだったか。それを観客に理解できるよう、映画ではドラマ部分の実質上の主人公であるヒンドゥー教徒のジートという青年を登場させている。彼の住むパンジャーブでは、各教徒が混在して住んでいた。ジートを総督邸に誘った友人はシク教だし、ジートが思いを寄せる女性はムスリムだ。しかし異教徒間の恋愛は、分離独立という社会のうねりの前には芥子粒のようなものだ。また、総督邸のキッチンでも、分離独立問題は従業員たちの争いを生むようになる。

分離独立が決まると、それまでのインド政府が持っていた資産が、インド8、パキスタン2の割合ですべて均等に分割されることになる。映画でも、百科事典を途中で分けるという馬鹿げたシーンがあるが、博物館の収蔵品もそれに沿って分けられたという。「断食するブッダ」像が、インドにないのはそのためらしい。

分離独立すると、それぞれで少数派にならないように、大量の住民の移動が起きた。その過程で略奪と虐殺が起き、それがさらに避難民の数を増やした。映画でもその模様が描写されるが、とりわけ地方が二分されたパンジャブ地方での被害が大きかったようだ。この住民同士による無差別大虐殺と過酷な移動で、双方合わせて100万人近くが死んだという。

ラストはちよっと甘いかもしれないが、それは観客のサービス。とはいえ、本作はインド現代史を知るにはいいテキストとなる映画だろう。イギリス映画らしく、派手さを抑えてきっちり作っている。これがアメリカ映画だと、大爆発や銃撃戦が盛り込まれるだろうし。★★★☆

●関連情報

監督は『ベッカムに恋して』などのグリンダ・チャーダ。彼女もまた自身がインド系で、祖母の代にパンジャブからきたシク教徒。夫で、脚本のポール・マエダ・バージェスは名前からわかるように日系アメリカ人。

マウントバッテン卿の妻役には、なつかしやXファイルのスカリーさん。

プロデューサーのディーパック・ナヤールも、名前からしてインド系だが、これまでに手がけた作品は『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『スラム・ドッグ$ミリオネア』『食べって、祈って、恋をして』『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』『ライフ・オブ・パイ』『LION/ライオン』など、異文化との出会いやインドをテーマにしたものが多い。

総督邸のロケが行われたのは、ジョードプルの宮殿ホテル、ウメイドバワンパレス。

2018年8月3日金曜日

祈り 三部作


監督:テンギズ・アブラゼ
配給:ザジフィルムズ
公開:8月4日(土)より岩波ホールほか全国順次公開

ジョージア(グルジア)の巨匠テンギズ・アブラゼ監督の伝説的な傑作『祈り 三部作』(『祈り』『希望の樹』『懺悔』)が一挙上映される。

■レビュー

 テンギズ・アブラゼ監督の作品は『懺悔』(1987)が2009年に公開されているので、ご存知の方も多いかと思う。(前原さんのレビューがリンク切れのようで残念です)
自分はこれまで見る機会を逃していて、今回はじめて三部作『祈り』('67)『希望の樹』('76)『懺悔』('84)を立て続けに拝見する機会に恵まれた。こんな映画作家がいたのか、とただただ圧倒されるばかりだ。

 とりわけ感心したのは、今回日本初公開になる『祈り』の素晴らしさだ。ジョージアの国民的作家V.ブシャヴェラの叙事詩をもとに19世紀の部族の対立を描いている。詩的かつ精緻なモノクロ映像は神話・宗教性を帯びていてカール・ドライヤーの作品を思わせる。舞台になってる北東部の山岳地帯ヘヴスレティという隔絶された辺境の美しい風景、シャティリという村の独特な建築物の造詣。こんな場所があるなら旅してみたいと思わずにいられない。そして何よりもキリスト教とイスラム教徒の対立を双方の視点を描き、融和を訴える内容は、今の世界の現状に強く響いてくる。いま力を持つのは、一つの宗教への信仰を描いたドライヤーの作品より、複数の文化・宗教が共存する希望・祈りを描いたこちらの作品だろう。

ロシア革命前夜のカヘティ地方の村を舞台に2人の純真な若者の悲恋を描いた『希望の樹』、スターリン(グルジア出身)時代の恐怖政治を揶揄するような『懺悔』は、『祈り』の作風とは全く違っていて、ユーモアやグロテスクな風刺が効いている。いずれも、小国グルジアの歴史と人間に深く向き合った怪作だ。

10月13日からは「コーカサスの風 ジョージア(グルジア)映画祭2018」も予定されている。グルジア映画の代名詞となったオルギー・シェンゲラーヤ監督『ピロスマニ』、オタール・イオセリアーニ監督『落葉』、『とうもろこしの島』のギオルギ・オバシュビリ監督作などがラインナップとして上がるようだ。

(カネコマサアキ★★★★)












2018年7月13日金曜日

乱世備忘 僕らの雨傘運動




監督:陳梓桓(チャン・ジーウン)
公開:7月14日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次公開

■レビュー

2014年9月26日、香港の中高校生・大学生を中心に始まった雨傘運動。その動向を心配しながらSNSを注視していた人も多いことだろう。この映画は当時27歳の陳梓桓(チャン・ジーウン)監督がある若者グループとともに活動した雨傘運動の記録である。
                  
話題になった黄之鋒(ジョシュア・ウォン)、周庭(アグネス・チョウ)ら中高生による組織「学民思潮」のリーダーシップにも驚かされるが、旺角(モンコック)に陣取り集まった普通の大学生たちも、それぞれ自分たちの意見とヴィジョンをしっかり持っている様子。物資の調達から後輩たちへの講義まで、手慣れた様子で事を進め、語り合い、助け合っている。どちらかというと学園祭のノリもあるが、長期戦を見込んで力の加減を計算してるかのような印象も受ける。

話は随分と遡るが、僕は1996年の国慶節に北京・天安門の国旗掲揚を中国人民に混じって眺めたことがある。「香港返還まであと何日」という掲示板が掲げられ、浮き足立った中国国内の雰囲気と「天安門事件」の記憶で複雑な感傷に浸ったのを覚えている。それは天安門で民主化を訴えた学生たちと同世代であったことに理由がある。また、旅から帰るとウォン・カーワイ(上海からの移民)作品にのめり込んだ。映画は期待と不安が入リまじっていた香港を活写していた。遠い将来何かが起きるかもしれないが、今は気にすることない、当時はそんな思いだった。返還の前後、カナダや豪州へ移民・脱出という選択をとった香港人もいた。ある意味その行動は正しかったともいえるが、香港市民が中国社会を変えて行かなければ、一体誰が?という思いが僕にはあった。
 
本編の中にも、息子の運動参加を快く思わない親・親戚が出て来る。経済的に中国に依存せざるを得ない現状、あるいは親世代が元々大陸からの移民、または新移民だったりと、自己矛盾と逡巡を抱え、政治運動には消極的な人が大半だ。それゆえに、まったく新しい世代による今回のアクションは”フレッシュ”意外の言葉がみつからない。香港市民と大陸人民、どちらが虐げられて良いわけでもない。自分たちだけの権利だけを守るのではなく、中国を巻き込む変革の旗手であってほしいという願いが僕にはある。彼らなら、何か柔軟な方策を見つけてくれるのではないか、という期待感がある。

残念ながら、政治的には敗北に期したが、世界に、そして中国当局に与えたインパクトは大きい。先日のワールドカップ日本代表じゃないが、次につながる敗北だといっていいかもしれない。周囲を見渡せば(足下も、だ)、強権的独裁をふるまう首脳ばかり。民主主義がいつまでもあると思うのは幻想かもしれない。アジアのリベラル勢の連帯が求められる。
(カネコマサアキ★★★☆)

■関連事項

事の発端は同年8月31日、2017年から導入されるはずの「普通選挙」に対して中国当局が下したある決定だ。中国の全人代常務委員会は「行政長官候補は『指名委員会』※で認められなければ選挙に出馬できない」とし、事実上民主派を選挙から排除したのだ。50年間は「一国二制度」を遵守する、という約束を早々に反故にするものだ。
※『指名委員会』は様々な業界から選出された1200名からなるが、過半数以上が親中国派で占められている。結局、2017年の行政長官選挙で親中派の林鄭氏が当選した。

 事態の深刻さから、香港の中高校生・大学生は授業をボイコットし、「真の普通選挙」を求めるデモを行う。また戴 耀廷(ペニー・タイ)香港大副教授の提案で10月1日の国慶節に計画されていた香港の金融街、中環(セントラル)を占拠する「セントラル・オキュパイ」を前倒しで実行する。場所も中環から金鐘(アドミラルシティ)へ移された。一方、九龍半島側の旺角(モンコック)でも占拠が始まり、カメラはここに居を構える学生グループを中心にとらえている。


山形国際ドキュメンタリー映画祭2017・小川紳介賞受賞
第53回台湾金馬奨・最優秀ドキュメンタリー賞受賞

バトル・オブ・ザ・セクシーズ



2018年 アメリカ
監督:ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス(『リトル・ミス・サンシャイン』)
出演:エマ・ストーン、スティーヴ・カレル
配給:20世紀フォックス映画
公開:TOHOシネマズ シャンテにて公開中

■ストーリー

 1973年、9月10日。女子テニスプレイヤーのチャンピオンのビリー・ジーン・キングと、元男子チャンピオンのボビー・リッグスが、多額の賞金と”女”と”男”のプライドを懸けて対戦した。全世界が見守る中、”バトル・オブ・セクシーズ”(性差を超えた闘い)が幕を開ける…。

■レビュー

こんな対戦が70年代のアメリカであったのか。
女子と男子が(年齢差はあるとはいえ)真っ向から勝負するなんて、今の感覚からするといささか滑稽に見えるが、マスコミの煽りやテニス協会の横槍、男性至上主義者たちの冷やかしに戸惑いながらビリー・ジーン・キング(名前にキングがついてるが女性である)は世紀のゲームマッチに挑んで行く。

テニスに詳しい人ならビリー・ジーン・キングの輝かしい業績は周知なのかもしれない。彼女は仲間とともに全米テニス協会を脱退し、女子テニス協会を立ち上げた。女子の優勝賞金が不当に安く(男子の1/8の金額だった)、男女平等を求めた末の行動だった。このゲームは、女子プレーヤーの地位向上ばかりでなく、フェミニズム運動の盛り上がりを象徴するような出来事として、人々の記憶に残っているようだ。

興味深いのはビリー・ジーン・キングの私生活だ。献身的な夫がありながら、別の人物に惹かれ、本当の自分を見いだして行く。実はLGBTQの問題を孕んでいるのだ。意外な背景に消化不良を起こしそうになるが、これが実話というんだから驚いてしまう。最近のMeToo運動の告発を見るにつけ、男女平等という点で果たして時代は進歩してるのだろうか?と訝しがってしまうが、先人たちの闘いに教えられることも多いはずだ。

(カネコマサアキ★★★☆)

■関連事項

この映画の試写を見る前日に、たまたまETV特集『Love1948-2018 多様な性をめぐる戦後史』という日本のセクシャル・マイノリティを検証したドキュメンタリーを見たせいか、とても連動感があった。機会があれば見てほしい。アメリカで言えば、フェミニズムもゲイ・プライドも50-60年代の公民権運動の流れにあるのだろうか。














2018年6月12日火曜日

ガザの美容室


2015年パレスチナ・フランス・カタール
監督:タルザン&アラブ・ナサール
出演:ヒアム・アッバス マイサ・アブドゥ・エルハディ マナル・アワド
配給 :アップリンク
公開:6月23日(土)新宿シネマカリテ、渋谷アップリンクほか全国順次公開

ストーリー

パレスチナ自治区。ガザ。クリスティンが経営する美容室は、女性客で賑わっている 。離婚調停中の主婦、ヒジャブを被った信心深い女性、結婚を控えた若い娘、出産間近の妊婦。彼女たちは世間話に花を咲かせ午後の時間を過ごしていた。しかし、通りの向こうで銃が発砲され、美容室は戦火の中に取り残されることに…。


■レビュー

女性の体臭でむせてしまいそうな映画だった。
日差しの強い午後であれば、特に夏という季節でなくても、女性客が集まる美容室の室内温度は上がるはずだ。パーマのアイロン、ドライヤーなど使えばさらに上がりそうだ。東京ならエアコンがあるので問題ないが、舞台はパレスチナ・ガザである。そんな時に停電が起きる。ガザ地区では送電が制限され停電は日常的なことのようだが、扇風機は止まり、ただでさえ仕事がのろい(?)美容師2人の仕事は滞ってしまう。暑さとイライラは頂点へ…。女性たちの本性が露になっていく会話劇であり室内劇だ。
日が傾いてくると外では銃声が。そして砲撃による大きな振動が。彼女たちは外に逃げだすことも出来ず閉じ込められてしまう。映画館という密室にいる観客も同じような臨場感を味わうはずだ。

冒頭から首輪と鎖をつけられたメスのライオンが登場する。何かのメタファーなのかと思っていたら、実際にあった事件を基にしているそうだ。2007年、ガザの大物マフィアが動物園のライオンを盗んだ。そのライオンを奪還するためにハマス自治政府が実行したのが「ライオンに自由を作戦」だ。そう、映画の美容室にいた彼女たちはその奪還作戦に巻き込まれてしまうという設定である。資料にあったジャーナリストの川上泰徳さんの文章によれば、このマフィアというのはハマス自治政府成立前のファタハ政府時代に結びついていた連中なのだそうで、要はパレスチナの中でも派閥争いが未だにあるということを意味している。メスのライオンはそういった男たちによる闘争に左右される女たちを象徴してるかのようだ。

ガザ侵攻、対イスラエルへの政治的な私怨は無くなることはないだろうが、監督は死より生を、ガザに住む人々の日常を描きたかったという。お洒落をしたい、奇麗になりたいという女性たちの想いは万国共通。普通の日常を送ることこそがガザにおける抵抗なのだ。彼女たちは一筋縄でいかない多様性を持っているが(それゆえ喧嘩も激しい)、男性社会の下で虐げられる彼女たちの哀しみは、彼女たちを一つにさせる。女性の機微をうまく描いてるので監督はてっきり女性だろうと思っていたら、なんとヒゲをはやした双子の兄弟であった。パレスチナへの偏見を色々と覆してくれる作品だ。
(カネコマサアキ★★★☆)

ザ・ビッグハウス


2017年
監督:相田和弘 マーク・ノーテス、テリー・サリスほか
配給:東風+gnome
公開:シアター・イメージフォーラムにて公開中

■レビュー

日大アメフト部傷害事件が大学運営の問題はもとより、日本社会の潜在的病理として波紋を広げている。ではアメフトの本場ではどうなっているのか?タイムリーなドキュメンタリー映画が公開されている。

ミシガン州にある全米最大のフットボール・スタジアム、通称”ビッグハウス”と呼ばれる施設。名門ミシガン大学が誇るフットボールチーム「ウルヴァリンズ」の本拠地だ。カメラはその巨大施設の全貌、背景を余すとこなくとらえる。収容人数は10万以上。グラウンドは地階に掘り下げられ、高いビルの上から覗き込むような客席。映画館の大画面で観るとその規模に圧倒されるはず。セキュリティ、食堂、医務室など、大量の観客を捌くスタッフたち。2年後の東京オリンピック関係者は参考になることもあるかもしれない。

開会式イベントでは大学の大所帯のブラスバンドが行進。上空には米軍機が飛行し、特殊降下部隊がスタジアムにパラシュートで降り立ち場内を盛り上げる。そして星条旗が掲揚され10万人が起立して国歌を歌う姿に、尋常じゃないナショナリズムを感じる。こうしてフットボールによる「大学」+「州」+「国」という揺るぎないネットワークが出来上がってるのか、と直感的に感じられるシーンである。

日大の事件でも露になったが、アメフトが及ぼすビジネスの面も気になるところ。これがミシガン大の場合、驚くべき収入がある。資料によると2018年のアメフトのチケット収入は44億円を見込んでいる。(次に人気があるバスケットボールが4億というのでその人気の差は歴然としている)加えて、ミシガン大の体育学部全体の予算(収入見込み)は200億円で、放映権料、企業スポンサー、VIP観覧席、グッズなどからの収入がある。日本のプロ野球球団の平均収入125億円を軽く超えているようだ。また、大学の広告効果も絶大のようで、内外の卒業生から寄付金も潤沢に集まるという利点がある。日大もこの辺をモデルにしていたのだろうか?それにしても規模が違いすぎる。

ワールドカップ・ロシア大会が間もなく始まり、そして2年後に東京オリンピックも控えているが、日本もスポーツ行政のあり方など、検証すべき時なのかもしれない。日大の問題にかつての軍隊の亡霊を見たように、スポーツから見えてくるものがある。アメフトを通して、アメリカという国の本質に迫った作品である。
(カネコマサアキ★★★)

■関連情報

以前『精神』というドキュメンタリー映画をここで紹介したことがあるが、その想田和弘監督を中心とした混成チームによる作品だ。NY在住ながら外からの視点で日本を”観察”する作品群は広く知られているが、敬愛するワイズマン的手法で、ついにアメリカを観察する。
前作『港町』(★★★☆)は集大成的な作品で、おなじみ牛窓が舞台。モノクロのせいか漁師の顔にきざまれる皺や絡まった網、瓦屋根などマチエールが心地よい。人々の語りと所作から港町が育んで来た歴史が浮かび上がってくる。こちらもおすすめだ。