2018年8月6日月曜日

英国総督 最後の家


Viceroy’s House
2017年/イギリス

監督:グリンダ・チャーダ
出演:ヒュー・ボネヴィル、ジリアン・アンダーソン、マニーシュ・ダヤール、フマー・クレイシー、マイケル・ガンボン
音楽:A. R. ラフマーン
配給:キノフィルムズ/木下グループ
公開:8月11日より新宿武蔵野館ほか

公式HP:http://eikokusotoku.jp/

●ストーリー


1947年、独立が決まったインドのデリーに、最後となる新総督マウントバッテン卿とその家族がやってきた。目的は、つつがなく独立インドに主権譲渡をすること。新総督の到着に合わせ、インド人青年ジートが新しく秘書として雇われてやってきた。パンジャブ地方出身のジートは総督邸でかつて思いを寄せていた女性のアーリアと偶然再会する。アーリアはマウントバッテンの娘パメラの世話係だった。
準備を始めるマウントバッテンだが、ネルー、ガンディー、ジンナーといった指導者たちの意見はまとまらなかった。ネルーはムスリム優遇には難色を示し、ジンナーは分離してムスリム多数派の国を望んだ。ガンディーは統一のためにはジンナーに譲歩するようネルーに言うが、聞き入れられない。そんな指導者たちの対立が民衆に及び、各地で宗教対立による暴動が起こる。混乱を避けるため、マウントバッテンは分離支持に傾いていく。

●レビュー


8月15日は日本では終戦記念日だが、インドでは独立記念日となる。本作は、インド独立となった1947年8月15日にいたるまでの6ヶ月を、主権譲渡のためにやってきたマウンバッテン卿とその家族、そして総督邸で働くヒンドゥー教徒のジートとムスリムの女性との恋などを絡めて描いた歴史群像ドラマだ。

こうした歴史ドラマは大きく分けると2通りある。ひとつは歴史はあくまで背景で、そこに生きる人間の葛藤を主にしたもの。もうひとつは、歴史の動きをわかりやすく描くために、各役割を担う人々を散らした群像ドラマだ。本作は後者で、監督もコメントしているように、デビッド・リーン監督作(『アラビアのロレンス』など)を意識したようだ。ということで、人間ドラマというより、教養的な部分でいろいろとためになることが多い作品ととらえるといいかもしれない。

歴史の舞台をわかりやすくするため、本作ではさまざまな立場の人を登場させる。最後の総督となるマウントバッテンはイギリス貴族らしく、感情を抑え、自分の職務をまっとうしようとする生真面目な人間として描かれている。しかしその生真面目なゆえ、自分が老獪な政治家チャーチルに利用されているとは最後の方になるまで気付かない。現地で出迎える参謀のイズメイはチャーチル派で、マウントバッテンが知らない政府の思惑を裏で進めようとしている。
チャーチルは保守派の植民地主義者で、インドの独立には反対していた。しかし独立が避けられないとしたら、ソ連とアメリカが強大になる戦後の世界を睨み、パキスタンを分離独立させて英国の味方につけようとしていた。映画では、チャーチルはひそかに最初からジンナーにパキスタンを与えることを約束しており、ネルーやガンディーには「統一」という餌をぶら下げていただけということになっている。チャーチルは今の基準で言えば白人至上主義者であり(当時としてはふつうだったが)、ガンディーが嫌いだった。そして独立したインドがソ連と仲良くすることは避けたかったのだ。チャーチルは終戦を待たずに選挙で負けるが、マウントバッテンが赴任する頃には、自分の思惑を実行する人々を配置させていた。

インド側の代表となるネルー、ガンディー、ジンナーはそれぞれのそっくりさんが出てきて、それぞれの異なる主張をする。ガンディーは、統一インドの初代首相はジンナーにすべきと言うが、ネルーら国民会議派には受け入れがたいものだった。また、ジンナーにとっても、イスラム教徒が多数派になるのが目的だったので呑めるはずがない。しかし多数派にとっては天国でも、それが目的となる国では少数派には地獄になる。ガンディーはそのむなしさをわかっていたから、分離という結果には失望しかない。

インド側の庶民はどうだったか。それを観客に理解できるよう、映画ではドラマ部分の実質上の主人公であるヒンドゥー教徒のジートという青年を登場させている。彼の住むパンジャーブでは、各教徒が混在して住んでいた。ジートを総督邸に誘った友人はシク教だし、ジートが思いを寄せる女性はムスリムだ。しかし異教徒間の恋愛は、分離独立という社会のうねりの前には芥子粒のようなものだ。また、総督邸のキッチンでも、分離独立問題は従業員たちの争いを生むようになる。

分離独立が決まると、それまでのインド政府が持っていた資産が、インド8、パキスタン2の割合ですべて均等に分割されることになる。映画でも、百科事典を途中で分けるという馬鹿げたシーンがあるが、博物館の収蔵品もそれに沿って分けられたという。「断食するブッダ」像が、インドにないのはそのためらしい。

分離独立すると、それぞれで少数派にならないように、大量の住民の移動が起きた。その過程で略奪と虐殺が起き、それがさらに避難民の数を増やした。映画でもその模様が描写されるが、とりわけ地方が二分されたパンジャブ地方での被害が大きかったようだ。この住民同士による無差別大虐殺と過酷な移動で、双方合わせて100万人近くが死んだという。

ラストはちよっと甘いかもしれないが、それは観客のサービス。とはいえ、本作はインド現代史を知るにはいいテキストとなる映画だろう。イギリス映画らしく、派手さを抑えてきっちり作っている。これがアメリカ映画だと、大爆発や銃撃戦が盛り込まれるだろうし。★★★☆

●関連情報

監督は『ベッカムに恋して』などのグリンダ・チャーダ。彼女もまた自身がインド系で、祖母の代にパンジャブからきたシク教徒。夫で、脚本のポール・マエダ・バージェスは名前からわかるように日系アメリカ人。

マウントバッテン卿の妻役には、なつかしやXファイルのスカリーさん。

プロデューサーのディーパック・ナヤールも、名前からしてインド系だが、これまでに手がけた作品は『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』『スラム・ドッグ$ミリオネア』『食べって、祈って、恋をして』『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』『ライフ・オブ・パイ』『LION/ライオン』など、異文化との出会いやインドをテーマにしたものが多い。

総督邸のロケが行われたのは、ジョードプルの宮殿ホテル、ウメイドバワンパレス。