2021年6月2日水曜日

デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング

香港のスーパースター、デニス・ホーが、民主活動家として再生する姿を追ったドキュメンタリー


Denis Ho Becoming The Song
2020年/アメリカ
監督:スー・ウィリアムズ
配給:太秦
上映時間:83分
公開:6月5日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国劇場公開


●ストーリー

2014年、香港で起きた「雨傘運動」。警察官の放つ催涙弾をかわすために雨傘を持った若者たちが街を占拠した運動に、一人のポップスターの姿があった。彼女の名はデニス・ホー。しかし、彼女は占拠した学生たちを支持したことで逮捕され、中国のブラックリストに入ってしまう。スポンサーが次第に離れていき、公演を開くことができなくなった彼女は、第二の故郷モントリオールへと向かうのだった。

●レヴュー

恥ずかしながらデニス・ホーについてはよく知らず、ジョニー・トー監督の『奪命金』(2011)に出演してると資料にあって、ああ、銀行員のあの娘か、とぼんやりと思い出すことができる程度だった。なので、スタジアムを一杯にするほどの超人気歌手であり、あのアニタ・ムイの弟子だったということを知って、今更ながら驚いた。

彼女のキャリアは色々と因縁めいて見える。1988年、11歳の時、両親と共に(おそらく仕事の都合、あるいは返還を見越しての移住だろうか?)カナダのモントリオールへ引っ越し、多感な時代を過ごす。1996年、TVの歌唱コンテストをきっかけに、中国返還の前年に香港へ戻り、その輝かしいキャリアをスタートさせる。その歩みは、香港が「中国化」していく流れと一致しているのが興味深い。また、「香港の娘」と呼ばれた歌手アニタの死を乗り越え、後継者としてバトンを受け継いだことも運命的だ。

一方で独自の基金を設立したり、カミングアウトして同性愛者の権利を求める「 Big Love Alliance (大愛同盟)」を結成したり、社会活動にも積極的だった。特に、自身のジェンダーに向き合い、真実を求め自問する過程で、彼女は大きく変わったのだろうと想像する。多くの芸能人が中央政府に対する政治的発言を控える中、「雨傘運動」に参加することは、ある意味必然だったのだろう。

個人的には、盟友アンソニー・ウォン(黄耀明)の登場にも驚かされた。2000年代、彼が立ち上げたインディーズレーベルの「人海人山」に注目していたことがあって、CDをいくつか持っていた。80年代に一世風靡した「達明一派」という彼自身のグループも、今聞くとレトロフューチャー感あってなかなか良い。デニスとLGBTアクティヴィストとして行動を共にする姿に、そうだったのか・・・、という思いだ。

映画『奪命金』では地味な演技だったが、国連やアメリカ議会で香港の民主主義の危機を訴える演説は、舞台演劇の1シーンを見るかのように力強いものだった。やはり彼女には華がある。中共政府への強烈な批判は、溜飲が下がる思いだった。穿った見方をすると、このドキュメンタリーでさえ、今後の活動のプロモーションとして活用していくのだろうが、何もかも削ぎ落とした姿は清々しくも、凛々しく、そして逞しく見える。書きながら思い出したが、そういえば、映画『奪命金』で最後に漁夫の利を得たのは、彼女の役ではなかったか。

(★★★カネコマサアキ)