2015年10月22日木曜日

放浪の画家 ピロスマニ


Pirosmani


グルジアの国民的画家を描いた名作が、37年の時を経てリバイバル!


1969
監督:ギオルギ・シェンゲラヤ
出演:アヴタンディル・ヴァラジ、ダヴィト・アバシゼ
配給:パイオニア映画シネマデスク
上映時間:87
公開:1121日より岩波ホールにて

●ストーリー


20世紀初頭の、ロシア帝政下のジョージア(グルジア)の首都チフリス(現トビリシ)近郊で、幼い頃に両親を亡くしたビロスマニは、知り合いの一家に育てられて成長した。しかし一家の娘に恋文を送ったことから、その家を出ざるをえなくなる。やがて友人と商店を開くが、彼には商売は向いていなかった。また、故郷の姉夫婦が縁談をまとめようとするが、結婚式の最中にそれが金目当てだと知ったピロスマニは、式を抜け出す。まもなくピロスマニはその日の糧と引き換えに絵を描きながら、チフリスの町を転々とする日々を送るようになる。そんな彼の絵が、ふとしたことからこの地を訪れた芸術家たちの目にとまるのだが…。

●レヴュー


最初に。最近国名が「ジョージア」に変わったが、どうもその名に今だにしっくりこないので、昔風に「グルジア」と書かせていただきます。もっとも「グルジア」というのもロシア語による他称で、自称は「サカルトヴェロ」。いっそ、こっちにしてくれたほうがよかったかも。

さて、10年ほど前にグルジアに行った時、首都トビリシの国立美術館に行った。お目当てはピロスマニの絵だ。ピロスマニの名を知ったのは、私が高校生の時。1978年、本作が劇場公開され「まるでギャグのような名前の人だなあ」と思ったのと。友人の父親(画家)が観に行ったということが記憶に残っている。ちなみにその年のキネマ旬報外国映画ベストテンでは第4位の高評価(1位は『家族の肖像』だが、今もみんなに観られているのは同点4位の『未知との遭遇』、9位の『スター・ウォーズ』だろう)。しかし78年当時はピロスマニに興味がなかった私は(まあそんなにシブい高校生はいない)、本作を観ることがなかった。のちにビデオやDVDも発売されたが、ふつうのレンタルビデオ屋に置かれるはずもなく、未見のまま現在に至ったのだ。

ビロスマニの絵は、何か人を惹き付けるものがある。それが、西欧の絵画運動とはまったく無縁に存在したのが、最初は意外だった。自分があちこち旅行するようになって、世の中には学校で習う「作家の芸術性を現すアートとしての絵画」以外の絵のほうが多いという当たり前のことを知った後は納得がいった。「素朴画」とジャンル分けもされようが、教会のイコン(聖画)だって、地元の無名の画家が描いたものは、恐ろしくヘタなものもある(それが味なのだが)。何年か前にスペインの教会で素人に修復されたキリストの絵が、“猿”のようになってしまったことも思い出される。ピロスマニの絵は、背景はあっさりし、人間(や動物)はマンガチックで、一度見たら強い印象を残す。というのも、もともと絵の目的は「看板」だったからだ。識字率が低い時代、商店が何の店であるかは絵やシンボルで現すのがふつうだった。最初はシンプルな記号のようなものだった絵も、この頃には裕福な商人が画家に発注するようになったのだろう。

映画は、そのピロスマニの絵画の魅力を伝えることを強く意識している。絵画そのものを見せるだけでなく、画面構成をピロスマニの絵のようにしているのだ。今では珍しいスタンダードサイズの画面が、映画自体を額縁に入ったピロスマニの絵のように見せている。草原の中にぽつりと建つピロスマニの商店も現実にはあり得ない場所だが、それは背景を省略したピロスマニの絵のようでもあり、孤独であるピロスマニの姿のようでもある。手前に川が流れ、その向こうの高い川岸に多くの人物がいるシーンも好きだ。

映画が日本で公開されたのは1978年なのだが、製作は1969年とほぼ半世紀前ということもあり、全体的にゆったりとしたペース。ハリウッド映画しか見ていない人には、「たるい」と感じるかもしれないが、それもこの映画の魅力。上映時間が87分と短いので、躊躇している人も見てみよう。グルジアの大地に生きた放浪の画家に会いに行って欲しい。なお、1978年の公開時にはロシア語版だったが、今回は原語のグルジア語版だ。
(★★★★)


●関連情報


1980年代にヒットしたロシア語歌謡曲「百万本のバラ」(日本語は加藤登紀子が有名)。その歌詞がこのピロスマニをモデルにしたものだったといわれている。フランスから来た女優マルガリータに恋をしたピロスマニが、彼女の泊まるホテル前の広場にバラを敷き詰めたという歌詞。この映画を見れば、ピロスマニにそんなお金はなかったことがわかるだろう。

1978年文部省特選」になっている。

ピロスマニの生涯や作品については、下記にまとめたので、良かったら読んでください。