2019年1月23日水曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2018年度映画ベスト10 (前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)




■前原利行(旅行・映画ライター)
2018年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作・旧作含めて160本。前年の129本に比べ、ずいぶん増えた。相変わらず英米映画が多いが、小粒だが気になる第三世界の映画もある。英米の映画は大作より、中堅で作家性を感じさせるものものが気に入った。
 

1.アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダルクレイグ・ギレスビー監督/アメリカ
最近は実話スポーツものの良作が多いアメリカ映画だが、これは実録スポーツ版「グッド・フェローズ」ともいうべき傑作。「社会の底辺にいるダメな人間が這い上がって何が悪い」と画面のこちらを見据えながらも、今日に通じる階層社会への批判を込めたブラックコメディ。出てくるのは最低の人たちだが、上から目線の世間よりも愛おしく、もっとやれと拍手を送りたくなる。

2. カメラを止めるな(上田慎一郎監督/日本)
昨年の話題をさらった邦画で、予備知識ない前にと慌てて行ったらほぼ満席。そんなイベント感も観客の期待もあり、劇場で多幸感に包まれた作品。いや、あらを探す人もいるが、ものを作っている人はこの感じ、わかるはず。

3. ブリグズビー・ベアデイヴ・マッカリー監督/アメリカ
幼い頃に誘拐されて隔離されて育った少年が、自らのアイデンティを取り戻すために映画を作る。ユーモアと哀愁と周りの善意が自分好み。今見逃すと、見られなくなるよ!

4. スリービルボード(マーティン・マクドナー監督/アメリカ、イギリス)
『セブン・サイコパス』の監督がこんな名作を作るとは。ひとつの事件から町に起きた波紋を、いくつもの視点で描く“大人の映画”。俳優陣がいい。

5. 万引き家族是枝裕和監督/日本
社会的弱者に優しい目線を向ける映画が心に残る。なのでヤフコメみたいな“独善的な社会正義”は大嫌い。本作もそんな優しさをあなたが持っているかという、心の踏み絵になる作品かもしれない。

6. バトル・オブ・ザ・セクシーズ(ジョナサン・デイトン&ヴァレー・ハリス監督/アメリカ)
空き時間に入った映画館で見て得した気分。これもアメリカのスポーツ実話だが、ユーモアを交えながら社会批判をさらり。

7. パティ・ケイク$ジェレミー・ジャスパー監督/アメリカ
ニュージャージーのこれまた底辺に暮らす主人公が、ラップでそこから抜け出ることを目指す。荒削りといえば荒いが、それでなくては生まれないインディーズの力強さ。インド人がラップすると、英語なのにヒンディーポップみたくなるのも面白い。とにかくダメな顔ばかり映し出されるが、それも人生。

8. ミッションインポッシブル/フォールアウトクリストファー・マッカリー監督/アメリカ
正直、話はアクションを成立させるための方便で崩壊している。しかし自ら体を張り、やらなくていいアクションをするトム・クルーズの姿には感動すら覚えた。

9. 恐怖の報酬 オリジナル全長版(ウィリアム・フリードキン監督/アメリカ)
昔の劇場公開の時は大した印象も無かった作品だが、こうして30分近く長い全長版を見ると、こんなに面白かったのかと驚く。そして公開時の世界情勢を思い出した。

10. 判決、ふたつの希望ジアド・ドゥエイリ監督/レバノン、フランス
最後には旅シネらしい作品を。プライベートなイザコザが社会に波紋を呼んでいく。他者を憎むことで自分の境遇を忘れる人は、日本でもありがち。憎しみの連鎖は時間の浪費。

上位5以内は不動の5本だが、610位に入れていい力作は以下の通り。『女は二度決断する』『ダンガルきっと強くなる』、『犬ケ島』、『祈り』、『ボヘミアン・ラプソディ』。



■カネコマサアキ(イラストレーター、マンガ家)

.『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』(ビー・ガン畢贛監督/中国)
2015年のベストテンにも挙げた『凱里ブルース』の監督の新作。記憶+=映画である、という監督の映画論を語るような作品。構造的にも前作を踏襲し、後半に驚異の60分1カット3D映像が用意されている。画とセリフの詩的表現が素晴らしく、男と女の出会いを描きつつ地球を意識する言葉が。(原題は『地球最后的夜晩』)今年公開が決まっているのですが、これなくしてこの年の映画は語れないくらいのインパクトなので。

.『マンタレイ』(プッティポン・アルンペン監督/タイ)
タイ南部の港町。妻に逃げられた漁師の男は林の中に瀕死の謎の男を見つける。口のきけない男にトンチャイという名前をつけ共同生活を送っていたが…。ダブル(分身)の仕掛けを使い、故国を追われたロヒンギャ族の居場所を憂う。美しさと哀切をもった鎮魂歌。ベネチア・オリゾンティ作品賞。フィルメックスにて。

.『象は静かに座っている』(フー・ボー胡波監督/中国)
河北省・石家荘。友人を庇い殺人の汚名を着せられたブーは満州里を目指し逃避行を試みる。彼と関わる行き場のない絶望を抱えた4人の一日を描く4時間の群像劇。『牯嶺街〜』の影響下にあると思われる作品だが、独特の演出で中国社会の負の連鎖と出口の見えない閉塞感が見事に表現されていた。残念なことに29歳の監督は作品完成の前に自死。ベルリン国際批評家連盟賞、金馬奨グランプリの知らせを聴く事はなかった。フィルメックスにて。

.『夏の鳥』(クリスティーナ・ガジェゴ&シーロ・ゲーラ監督/コロンビア)
『彷徨える河』のシーロ・ゲーラ監督の新作。コロンビア北部グアヒラ。先住民族ワユーの氏族間の麻薬絡みの抗争を68-80年に渡って5部構成で描く。まるで『仁義なき戦い』の様相を呈するが、カルテル抗争と違って、ワユーの精霊信仰や慣習に基づく行動原理が克明に描かれているのが白眉。ラテンビート映画祭にて。

5.『ゴッズ・オウン・カントリー』(フランシス・リー監督/イギリス)
ヨークシャーの家族経営の廃れた牧場を切り盛りする自暴自棄気味の青年ジョニーはルーマニアからの季節労働者ゲオルクに惹かれていく。昨年のLGBT映画も良作揃いで『君の名前で僕を呼んで』(ルカ・グァダニーノ監督/イタリア・アメリカ)、『傷』(ジョン・トレンゴーヴ監督/南アフリカ)など全て挙げたいところだが、主人公の孤独と切実さが伝わってくるこちらを。

6.『万引き家族』(是枝裕和監督/日本)
ある時代の家族像への憧憬。日本映画の数々の名作を思い起こさせる。「巨人の柴田」を知ってる世代は、その家族像が幻想になりつつあることに気づかされ、切なくなる。家族のあり方の是非を描きつつ、次世代に託してる感じも良かった。

7.『寝ても覚めても』(濱口竜介監督/日本)
恋人の麦(バク)が突然姿を消してから数年後、朝子は彼とそっくりな亮平と出会う。ある種の「ダブル(分身)」、あるいは「分人」モノ。3.11の前と後、信と不信、生と死、が2人の男を対立軸に重層的に描かれている。実験的だが今の現実感を見事に掬いとっている気がする。「ノルウェイの森」の読後感を思い出した。

8.『祈り』1967年、テンギス・アブラゼ監督/ジョージア)
ジョージアの国民的作家V.ブシャヴェラの叙事詩をもとに19世紀の部族の対立を描き、文化・宗教が共存する希望・祈りを描く。詩的かつ精緻なモノクロ映像は宗教性を帯びていてカール・ドライヤーの作品を思わせる。

9.『快楽の漸進的横滑り』(1974年、アラン・ロブ=グリエ監督/フランス)
アラン・レネ監督『去年マリエンバートで』の脚本や『消しゴム』などで知られるヌーボー・ロマンの代表的作家ロブ=グリエ。彼が監督した映画作6品を集めたレトロスペクティヴが年末に開催された。1作をのぞき、本邦初公開作が並ぶ。今まで紹介されてこなかったことが不思議でならない面白さ。ヌーベルバーグとベルトルッチを結ぶミッシングリンクのようなトランティニャン主演の『ヨーロッパ横断特急』('66)『嘘をつく男』('68)も見逃せないが、真骨頂と思われるこの作品を推したい。

10.『オーファンズ・ブルース』(工藤梨花監督/日本)
記憶障害をもっているエマは、同じ孤児院で一緒だった友人から手紙を受け取ると、彼に会うために旅に出る。「内なるアジア」を旅するような感覚。近年気になるのは、日本の若手女性監督の驚くような才能の出現だ。『わたしたちの家』(清原惟監督)、『あみこ』(山中瑶子監督)、『夜明け』(広瀬奈々子監督)など甲乙つけがたいが、中でもこの作品の卓越した映画センスに驚かされた。PFFにて。

次点(入れ替え可能作品)
『轢き殺された羊』(ペマ・ツェテン監督/チベット・中国)
『ザ・リバー』(ミカエル・バイガジン監督/カザフスタン)
『アイカ』(セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督/ロシア)
『シベル』(チャーラ・ゼンジルシ+ギヨーム・ジョバネッティ監督/トルコ)
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(ナタウット・プーンピリヤ監督/タイ)
『同意 Raazi』(メーグナー・グルザール監督/インド)
『翡翠之城』(ミディ・ジー監督/台湾・ミャンマー)
『スリー・ビルボード』(マーティン・マクドナー監督/アメリカ)
『聖なる鹿殺し』(ヨルゴス・ランティモス監督/イギリス・アイルランド)
RAW 少女のめざめ』(ジュリア・デュクル監督/フランス)
『赤色彗星倶楽部』(武井佑吏監督/日本)
『僕の帰る場所』(藤元明緒監督/日本・ミャンマー)
『川沿いのホテル』(ホン・サンス監督/韓国)
『少女ポニラー』(1983年、スラメット・ラハルジョ・ジャロット監督/インドネシア)
『自由行』(応亮監督/香港・中国)

昨年は、国際映画祭の受賞作品の傾向を見ても日本を含むアジア映画の当たり年だったように見える。例年通り大半が映画祭で見たものになってしまったが、時代を反映してか「移民」がキーワードになった作品「ダブル・分身」の仕掛けを使った作品が多かった。トピックとしては『2001年宇宙の旅』70mm上映会、幼少時の頃から楽しませてくれた高畑勳監督と樹木希林さん、学生時代に多大な影響を受けたベルトルッチ監督の逝去が印象に残る。特集上映としては「東南アジア 巨匠から新鋭まで」「台湾巨匠傑作選」「中国映画祭〜電影2018」「イスラーム映画祭3」「ショート・ショート・フィルム・フェスティバル&アジア」「レインボーリール映画祭」「インディアン・シネマ・ウィーク」「PFF「韓国インディペンデント映画特集」「山形ドキュメンタリー・フェスティバル in 東京」「東京国際映画祭」「フィルメックス」「アラン・ロブ=グリエ・レトロスペクティヴ」などに通った。

加賀美まき(造形エデュケーター)

 2018年は、多くの韓国映画が劇場公開され、映画祭、上映会なども含めるとかなりの作品を観る機会を得ました。内容も多彩で、ファンにとっては久しぶり嬉しい1年でした。今年は3年ぶりに10作を選び、以下3作品は順不同です。

●韓国映画

1.「タクシー運転手 ~約束は海を超えて~」 (チャン・フン監督/韓国)
 光州事件下、ドイツ人記者を乗せソウルと光州を往復したタクシー運転手が主人公。事件が世界に報道されるきっかけとなった実話に基づく物語。主演のソン・ガンホが、事件に巻き込まれていく市井の男を圧巻の演技で見せる。光州事件を新たな角度から捉え本国で大ヒット。多くの映画賞を受賞した。

2.1987、 ある闘いの真実 」(チャン・ジュナン監督/韓国)
 一人の学生運動家の死に起因した民主化闘争を史実に忠実に沿って映画化した作品。日本がバブルに湧いた時代、隣国で何が起きていたかを知る一作。キム・ユンソク、ハ・ジョンウら実力派俳優が多数出演し、当時様々な立場に置かれた人物を演じきっている点が秀逸。見応えのある作品になっている。

3.「コンフィデンシャル/共助」(キム・ソンフン監督/韓国)
 北朝鮮のイケメン・エリート刑事(ヒョンビン)と韓国の庶民派ダメ刑事(パク・へジン)が協力して事件解決に挑む、バディーものアクション作品。韓国映画らしいコメディ要素も満載で楽しめる。必見はストイックに悪役を演じたキム・ジュヒョクだが、昨年事故で亡くなったのは本当に残念。合掌

4.「共犯者たち」(チェ・スンホ監督/韓国)
 2008年の韓国、支持率の下がった保守政権がとったメディアへの直接介入、言論弾圧を告発するドキュメンタリー。公営放送局を不当に解雇された元ジャーナリストのチェ・スンホがメガホンを取り、突撃インタビューなどを通じて、その信じられない実態を糾弾する。隣国の深層に迫る必見の一作。

5.「名もなき野良犬の輪舞」(ビョン・ソンヒョン監督/韓国) 
 ソル・ギョング、イム・シワン共演のハードボイルド作品。組織ナンバー1を狙う男と新入りで野心家の若者が刑務所で出会い手を組むのだが・・。全編に流れるシリアスで湿った空気感がよく、若手のイム・シワンが、この作品でも高い演技力を見せてくれる。役者としての成長が今後も楽しみ。

6.「正しい日・間違った日」(ホン・サンス監督/韓国)
 偶然出会った男女、ちょっとしたタイミングでその成り行きは違うものに...。二通りの展開で綴られるホン・サンスらしい作品。キム・ミニが、監督の新たなミューズとして魅力を放つ。ホン・サンス作品が4本まとめて公開になったが、大好きなチョン・ジェヨン出演のこの作品をランクイン。

7.「天命の城」(ファン・ドンヒョク監督/韓国)
 1636年、清の大軍に攻め込まれた朝廷は山城に逃げ込むが、完全孤立し和平か抗戦か決断を迫られる。対立する家臣役のイ・ビョンホンとキム・ユンソク、苦悩する王役のパク・ヘイルが粛々と演じて流石。極寒の山でのオールロケ。モノトーンの情景は緊張と峻烈さ全編に醸し出す。音楽は坂本龍一。

8.「ザ・キング」(ハン・ジェリム監督/韓国)
 地方出身の新人検事(チョ・インソン)と悪徳エリート検事(チョ・ウソン)が繰り広げるクライム・エンタテイメント。大統領選に絡む権力争いなど社会風刺の要素も。「タクシー運転手」にも出演した若手成長株リュ・ジュンヨル、複数の助演賞をとった検事役キム・ソジンの好演も見どころ。

9.「犯罪都市」(カン・ユンソン監督/韓国)
 このところテレビや映画に引っ張りだこのマ・ドンソクが、組織から一目置かれる強行班刑事役で主演。ある事件をきっかけに韓国の犯罪組織と手段を選ばない中国の新興マフィアらが対立し、抗争が激化していく。たくまいがたい、丸太のような腕っ節、張り手一発で相手を倒すマ・ドンソクが爽快。

10.「ミッドナイト・ランナー」(キム・ジュファン監督/韓国)
 女性の拉致事件を目撃してしまった警察大学校生コンビが、図らずも事件解決に奔走する姿を描くアクション・コメディー。行動派と頭脳派、正反対の二人を若手の人気俳優、オルチャン&モムチャン(顔よし身体よし)のパク・ソジュン、カン・ハヌルがW主演しツボ。その奮闘ぶりが楽しい。

●その他 順不同
・「映画チーズ・イン・ザ・トラップ」(キム・ジェヨン監督/韓国)
  Web漫画が原作。ドラマ化に続き映画化された。美形パク・へジンのユ・ジョン先輩に釘付け。
・「エターナル」(イ・ジュヨン監督/韓国)
  イ・ビョンホン主演。劇中、何となく感じる違和感、その結末とは・・。
・「悪女/AKUJO」(チョン・ビョンギル監督/韓国)
  女殺し屋の復讐劇。キム・オクビンの体を張ったアクションが見もの。