2015年6月18日木曜日

奇跡の2000マイル


奇跡の2000マイル

Tracks

1977年、4頭のラクダと共に、たったひとりでオーストラリアの砂漠を横断した女性ロビン。その実話を映画化



2013年/オーストラリア

監督:ジョン・カラン(『ストーン』)
出演:ミア・ワシコウスカ(『アリス・イン・ワンダーランド』『イノセント・ガーデン』)、アダム・ドライバー(『フランシス・ハ』)、ライナー・ボック
配給:ブロードメディア・スタジオ
公開:718日より有楽町スバル座、新宿武蔵野館


●ストーリー

1975年、オーストラリア中央部のアリス・スプリングスにひとりの女性がやってきた。愛犬ディギティを連れたロビンは、ここから乾燥した砂漠地帯を西へ徒歩で向かい、インド洋に達するという夢を叶えるため、ラクダを手に入れようと努力する。旅のメドがついたロビンは、ナショナル・ジオグラフィック誌からも援助を受けることに成功。その条件として旅の途中に、リックというカメラマンに何度か写真を撮らせることに。1977年、4頭のラクダと愛犬を連れてロビンはついに出発する。

●レヴュー

どこにいても、自分の居場所がわからない人がいる。いや、誰でも人生にそんな“とき”がある。そんなとき、人はどうするのだろう。都会で孤独に生きるのか、それともそもそも人がいない場所に行くのか。人が嫌いな訳ではない。傷つけたい訳ではない。ただ、うまくやって行けないだけだ。

この映画の主人公、ロビン・デヴィッドソンもそんな女性に見える。オーストラリアのど真ん中、アリス・スプリングスにやって来る前から、彼女はそんな人生を送って来たのだろう。時おり挟まれる回想シーンから、彼女は帰るべき家がないことが見えて来る。家といっても現在の家ではなく、心の中にある自分の原風景とでもいう過去の家だ。そして彼女が絆を確かめたいのも、現在の父ではなく、記憶の中の過去の父だ。それを叶えるためにか、ロビンはラクダを連れて旅に出る。

旅に出るまでを比較的丁寧に描くことにより、ラクダと犬を連れた旅が、当初考えていた冒険とはほど遠いものであることがロビンにもわかってくる。まったく人気のない荒野だけではない。29日目にエアーズロックにたどり着くが、そこは“国立公園”として囲われていて、ラクダ連れだと入れてくれない。彼女は1か月近く歩いて来ても、エアーズロックのそばに近づくこともできない。そして観光客のぶしつけな視線を浴びる。ナショナル・ジオグラフィックからの資金提供の見返りにカメラマンの撮影を許した彼女だが、カメラマンはポーズを要求する。そして旅は単調だ。132キロ。ほとんどが何も起こらない、冒険とはほど遠い毎日だ。逆に“冒険”になってしまうのは、自分が何かしくじった時なのだ。

映画は彼女の旅をなぞるので、かなり淡々と進む。一番のハラハラが、落としたコンパスを拾いに戻り、自分のいる位置がわからなくなってしまうシーンだ。360度見回しても目印になるようなものは何もない。荷物を積んだラクダに戻ることができなければ、死んでしまう。以前、自分が熱帯のジャングルに行った時、恐いのは用を足しに茂みに分け入った時に、来た道に戻れなくなることだった。目をつぶってくるくる回転したら、もう方向がわからなくなる。このオーストラリアの土漠もそんな感じだ。

誰もいない荒野だが、時おり車が走るのか道があったり、アボリジニの村があったりと完全に文明から遠い訳ではない。逆にそれが孤独を感じさせる要素でもある。道を通る車とすれ違えば観光客がカメラを向ける。人と接することで、余計に孤独が強まることもあるのだ。

映画は、とくにこの旅が何だったかという明快な落としどころは用意しない。その結果は、旅を終えたロビンの心の中にある。その点が物足りないといえば物足りないが、簡単に結論を出して下品な感動を示すことは避けたかったのだろう。空撮を含むオーストラリアの自然と、ミア・ワシコウスカの好演が印象に残る。ミアはときどきジュディ・フォスターそっくりだと感じるところがあった。(★★★ 前原利行)

●映画の背景 

映画の主人公でもあるロビン・デヴッドソンが旅を始めたのは197749日のこと。195日後に西海岸に到達した。彼女が1981年に出した回顧録「TRACKS」はベストセラーになり、オーストラリアなどでは教材にもなっている。

2015年4月28日火曜日

国際市場で逢いましょう

朝鮮戦争から現代へ、激動の時代を生きた男とその家族の物語。

국제시장(国際市場)

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2014年/韓国
監督:ユン・ジェギュン(『TSUNSMI-ツナミ-』)
出演:ファン・ジョンミン(『新しき世界』)、キム・ユンジン(『ハーモニー心をつなぐ歌』、オ・ダルス(『10人の泥棒たち』、 チョン・ジニョ ン(『7番房の奇跡』、チャン・ヨンナム(『チング2 永遠の絆』、ラ・ミラン(『ソウォン/願い』)、キム・スルギ(『怪しい彼女』)、チョン・ユンホ(東方神起)
配給:CJ Entertainment Japan
上映時間:127分
公開:5月16日(土)、 ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿ほか全国順次ロードショー

   ストーリー
 朝鮮戦争の最中、興南波止場には膨大な数の難民が詰めかけていた。家族と共に撤収する船に乗り込もうとした少年ドクス(ファン・ジョンミン)は、おぶっていた妹の手を離してしまう。父は「今からお前が家長として家族を守れ」とドクスに言い残すと妹を捜すため下船していった。
 ドクス一家は釜山へ辿り着き、国際市場で店を持つ叔母のもとに身を寄せる。靴磨きをしながら家計を助けるドクス。青年になっても肉体労働で懸命に家族を支えるが一家の暮らしは貧しいままだった。そんな折、弟の学費を工面するため、西ドイツの炭鉱労働の出稼ぎ鉱員に応募。親友とダルグ(オ・ダルス)と共にドイツに渡る。炭鉱の仕事は過酷を極めるが、そんな中、看護師として派遣されていた美しい韓国人ヨンジャと出会う・・


   レヴュー
 韓国・釜山で暮らすドクスは、長年連れ添った妻、子や孫たちに囲まれて幸せそうだ。しかし、彼の人生は、朝鮮半島の激動の歴史そのもの。ドクスの回想を通して、一家を支えながら懸命に生き抜いた姿と、家族の絆を描いたのがこの作品だ。
 第二次大戦後、朝鮮半島は日本の占領から解放されるが、惨苦の歴史はその後も続く。朝鮮戦争は半島と多くの家族を分断することになり、この物語もそこから出発する。少年ドクスは、南へと避難する途中で妹の手を離してしまい、父は見失った妹を探しに戻り家族は離散。罪悪感と悲しみに苛まれるが、「家長として家族の守れ」という父の言葉を胸にドクスは必死に働き時代を生き抜いていく。「漢江の奇跡」と言われる韓国の経済発展の以前、苦労の耐えなかった世代を描いた本作は、涙あり笑いありで、苦悩の歴史を振り返るというストーリー展開もあって、本国で大ヒットとなった。 
 また、この作品が感動的なエピックとなったのは、主演のファン・ジョンミンによるところも大きい。ドクスという人物像が、ファン・ジョンミンという幅広い役柄をこなす卓越した俳優によって演じられたことで、観客に大きな共感をもたらしたと思う。
 劇中、実在の人物が登場し、ドクスとの出会いが演出されているのも一興。国産車を作ってみせると言う、若き日の現代自動車の創業者や新しい生地を探す、のちの世界的ファッションデザイナー。また、実在の歌手でベトナム戦争に従軍したナム・ジンがドクスを助けるというシーンも。映画初出演のユンホ(東方神起)が全羅道訛りで明るいキャラクターを演じているのも見どころ。

                                                                  (c)2014 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.

 物語には、西ドイツへの炭鉱労働者と看護師の出稼ぎ事業、ベトナム戦争への従軍、民主化宣言後まで続いた国民儀礼の様子、離散家族を探す番組のエピソード等が盛り込まれている。私たち日本人には、朝鮮半島の歴史を知る機会になるだろう。タイトルになっている「国際市場」は戦後、避難民たちが生計を立てる場となり、庶民の日常生活を支えた需要な場所。その様子が再現されていて、人々の熱気も伝えている。(★★★ 加賀美まき)



2015年4月23日木曜日

あの日の声を探して


あの日の声を探して
The Search

2014年/フランス、グルジア

監督:ミシェル・アザナヴィシウス(『アーティスト』)
出演:ベレニス・ベジョ(『アーティスト』『タイピスト』)、アネット・ベニング(『キッズ・オールライト』『バグジー』)、マキシム・エメリヤノフ
配給:ギャガ
公開:424日よりTOHOシネマズシャンテ、新宿武蔵野館

『アーティスト』のアザナヴィシウス監督が描く、言葉を失った少年と女性の交流


●ストーリー

1999年、ロシア軍が侵攻したチェチェン。少年ハジは目の前で両親をロシア兵によって殺され、ショックで声を失う。その後、ハジは幼い弟を見知らぬ家に預け、町へたどり着いた。一方、チェチェン紛争の調査に来たEU職員のキャロルは、その悲惨な状況と世界の無関心に心を痛めていた。街角でハジと出会ったキャロルは、彼の面倒を見始める。また、ロシアでは青年コーリャが強制入隊させられた軍隊の中で、少しずつ心が壊れて行き始めていた。


●レヴュー


佳作であるものの、アカデミー賞を大量受賞するほどではない白黒のサイレント作品『アーティスト』で、作品賞や監督賞を受賞したフランスのミシェル・アザナヴィシウス監督。さて、受賞後はたいてい監督には、“ご褒美”として好きな題材を選べるものだが、それで彼が選んだのが、1948年のフレッジ・ジンネマン監督による『山河遥かなり』のリメイクだった。このオリジナルは未見だが、ナチスの収容所で母と生き別れになった少年が、母に巡り会うまでと、米軍GIとの交流だという。アザナヴィシウス監督は“リメイク”というより、これはあくまで作品の着想とし、現代に通じる映画として新しいストーリーを作り上げた。

一方的に“勧善懲悪”を語るのが難しい現代。この『あの日の声を探して』では、戦争で両親を亡くした少年、調査に来た女性職員、そして若いロシア兵士の3人の視点で語られる。これは戦争が起きた時の3つの立場の象徴でもあるが、『山河遥かなり』には、このロシア人兵士にあたる視点はない。舞台はチェチェンだが、これは戦争や侵略、迫害が起きる以上、世界のどこでも起こりうるできごとなのだ。“戦争”の原因や理由についてはここでは触れることなく(それはまた別のテーマの話だ)、自分の意思とは関係なくそこに放り込まれた人たちが、殺すも殺される側もどうなるか、ということを描きたかったからだ。

実際、戦争の場では、どれだけの人が自分の意思で動いているのか。ほとんど誰もいないはずだ。命令を下すのはそこにいないわずかな人で、戦っている双方の兵士でさえ、戦わなければ自分が死ぬので相手を倒そうとしているにすぎない。新しく付け加えられた青年ロシア兵コーリャの設定は、ロシアの都会で暮らす暴力とは疎遠な青年が、彼にとっては非現実的な設定の場に送り込まれて、次第にそれに“慣れていく”過程を盛込みたかったからだろう。陰湿な軍隊でのイジメ、耐えきれずに自殺する友人、基地に送り込まれて来る死体袋、実戦では怖くて民間人にも銃を向けてしまう。そしてそれを通り越して、人の死に鈍感になっていく…。キューブリックの『フルメタル・ジャケット』にも通じる世界だ。

しかし3人の登場人物のなかでも、私たちがもっとも共感しやすいのが、物語の実質的な主人公となるキャロルだろう。EU職員の彼女は“そこ”で起きていることに心を痛め、何とかしたいと願っている。しかしできることは、ほとんど何もないのだ。ここでも、戦地に近い場所で悲惨な状況を見ているが、電話1本で平和な日常の実家のパリにつながる。同じ世界なのに、まったく違う世界が同じ時間を共有している違和感。現地の避難民にいくら同情していても、彼女が暮らす世界から同情するしかない。そんな姿は、テレビのニュースで世界の悲惨なニュースに心痛めながらも、どうすることもできない私たちと一緒だ。調査機関の働くキャロルができるのは、それを報告することだけ。アネット・ベニング扮する赤十字の職員にグチをたしなめられるシーンがあり、それは酷だろうとも思うが、ある意味キャロルのような“良心的な人々”の限界も突いている。

映画の最後は円環構造になって終わるが、これはこのような悲劇が、時と場所を変えても、永遠に続くことを示している。憎しみや闘いの連鎖は、1994年の傑作マケドニア映画『ビフォア・ザ・レイン』(必見!)のような円構造を持つが、ここでもそれが描かれている。が、この監督特有の、ウェットというかベタな語り口がどうも僕とは相性が悪く、いい映画だとは思うが、正論過ぎて、もう少しひねりが欲しかったかなと思う。ということで★★★


●映画の背景

ロケが行われたのはグルジア(最近、呼び名が「ジョージア」に変わったようだが)。トビリシ郊外にある兵舎、グルジアの町、カフカス山脈で難民キャンプのロケも行われた。