2015年7月17日金曜日

ラブ&マーシー 終わらないメロディ


Love & Mercy


 “天才”と呼ばれたザ・ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィソルン。その苦悩の日々を2人の俳優が演じる。音楽ファンは必見!



2015年/アメリカ
 監督:ビル・ポーラッド(『それでも夜は開ける』)
出演:ジョン・キューザック(『ハイ・フィデリティ』)、ポール・ダノ(『ゼア・ウィルビー・ブラッド』)、エリザベス・バンクス(『シー・ビスケット』)、ポール・ジアマッティ(『サイドウェイ』)配給:KADOKAWA
公開:81日より角川シネマ有楽町ほか
http://loveandmercy-movie.jp/


●ストーリー


1960年代半ばのカリフォルニア。人気の頂点に立っていたザ・ビーチ・ボーイズだが、リーダーで3兄弟の長男であるブライアン・ウィルソンは、ツアーが精神的に大きな負担になっていた。そこでブライアンはツアーに出ずに新作のレコーディングのみに専念することにする。スタジオミュージシャンを集めて作ったアルバム「ペット・サウンズ」は、バンドのイメージに合わないとメンバーにも言われ、またヒットはしなかったが、一部で高い評価を得る。次のシングル「グッド・ヴァイブレーション」はチャートの1位に輝くが、ブライアンの精神状態は日増しに悪くなっていく。1980年代、車の販売店のセールス担当のメリンダは、店にやって来たブライアンと出会う。ブライアンはメリンダを気に入り、メリンダもブライアンに引かれデートを重ねるが、ブライアンの病気は治ってはおらず、担当の精神科医ユージンの監視のもとでだった。

●レヴュー


ザ・ビーチ・ボーイズというと、夏と海とサーフィンというイメージが今でも強いのかもしれない。とくに僕がロックを聞き出した70年代後半の日本はそうだった。70年代半ばは60年代から続いたロックの怒濤の進化もちょうど一段落し、過去を振り返る余裕が出て来た。『アメリカン・グラフィティ』(「サーフィンUSA」が流れていた)のヒットもその流れかもしれない。ラジオから流れて来るザ・ビーチ・ボーイズの曲と言えば陽気なサーフサウンド。パープルやツェッペリンが好きな高校生も、ビートルズやストーンズは聴くが(見かけもかっこいい)、お揃いのボーダーを来てワイルド臭がないザ・ビーチ・ボーイズはまるでスルー。今では名作と言われている『ペット・サウンズ』に手を出したのも80年代末のCD時代になってから。山下達郎や萩原健太らによる“布教”の成果だが、当時はほぼ響かず、いつしかCDもホコリを被っていった。

ところがゼロ年代になって、僕は再びそのCDを聴くようになる。きっかけは映画『死ぬまでにしたい10のこと』。観られた方もいらっしゃるだろうが、主人公の女性が若くして余命まもないことを宣告され、悲しみの中で口ずさむ歌が「ペット・サウンズ」収録の「神のみぞ知る(God Only Knows)」だった。あらためてこの曲を聴くと、その美しいメロディの中にいいようのない悲しみがこもっていることに気づかされた。それからこのアルバムは僕の愛聴盤になった。

さて、今ではロック史上の名盤と言われているザ・ビーチ・ボーイズのアルバム『ペット・サウンズ』だが、発表当時は、一般の人が持つザ・ビーチ・ボーイズの明るいイメージからかけ離れた内向的な内容が嫌われ、大ヒットにはならなかった。次のシングル『グッド・ヴァイブレーション』はチャート1位のヒットとなるが、次作『スマイル』の録音中にリーダーのブライアン・ウィルソンの精神は崩壊し、バンドは別の方向に向かっていく。

本作はその絶頂期から落ちて行く60年代のブライアンの姿と、長い低迷から抜け出そうとしている80年代のブライアンの姿を、2人1役で交互に描き、謎の多いこの天才に迫るドラマだ。カリフォルニアの陽光の中で育ったウィルソン3兄弟と従兄弟、同級生の5人で結成されたザ・ビーチ・ボーイズ。リーダーは作曲を手がける長男のブライアン・ウィルソンだ。60年代のエピソードは、当時のドキュメンタリーフィルムや伝えられるエピソードをもとに本格的に作られており、音楽ファンにはたまらない(レコーディングに集まったスタジオミュージシャンも服装からそっくりに再現)。支配欲が強い父親との確執(小さい頃は子供たちを殴りつけ、バンドがデビューするとマネジャーになった)、もとからあった精神の脆さ(デビュー当時から“よそ”の声が聞こえるようになった)、ツアーによるストレス(飛行機の中で発作を起こし、ツアー脱退)などが語られていく。

『ペット・サウンズ』『スマイル』などのアルバム制作の裏側が映像で語られていく過程は楽しいが、ブライアンにとっては理想の音楽を作ることによって、自分をどんどん苦しい場所に追いつめていく過程である。取り巻き連中に囲まれて豪邸に住み、ドラッグに手を出し、自分が自分の中心からどんどん追いやられていく。ブライアンを演じるポール・ダノは、顔が似ているというより、「ああ、こんな感じの青年だったんだろうなあ」と感じさせてくれる好演。この人、顔が地味なので娯楽アクションとかには出ないが、若手の中では作品選びが面白く(『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の牧師とか『リトル・ミス・サンシャイン』で沈黙の近いを立てた長男とか)、今後が楽しみ。自身もバンドでギターとボーカルをやっている。あまり上手くはないが(笑)、Youtubeで観られる。

そして80年代のブライアンを演じるジョン・キューザックも、顔はまったく似てないが、“忘れられた人”になってしまった80年代のブライアンの空虚感(とクスリづけで表情がない)をうまく体現している。彼を精神的に支配している精神科医役のポール・ジアマッティは相変わらずだが(カツラがおかしい)、こういう外野がいろいろ関わって来て周囲から切り離してしまい、才能ある人を潰していくのはアメリカ的な光景。

この映画、観ながらけっこうツボにはまった。ダメになっていくブライアンと、回復しようとしていくブライアン。その間にあった語られない15年は、どんな地獄だったのだろう。才能があっても精神的にもろい人はいる。そういう人を支える人たちに恵まれなかったら、人はどうなってしまうのだろう。ブライアンには成功によってお金があったが、豪邸に住む空虚な生活も、いかにもアメリカンな感じだ。同年代のビートルズのメンバーと比べても、お金があって望む暮らしは、イギリス人とアメリカ人ではかなり違うのだろうなあ。そんなことを考えながら、音楽に酔いしれた2時間。エンドクレジットでは“本物の”ブライアンによる「ラブ&マーシー」のライブ映像が流れる。ほんと、しみじみしてしまった。帰宅してすぐにザ・ビーチ・ボーイズの『スマイル』をネット買いしてしまったよ。

(★★★☆)


●関連情報


・ザ・ビーチ・ボーイズの挿入歌以外の映画音楽もいいのだが、担当はアッティカ・ロス。ナイン・インチ・ネイルズとの仕事から映画音楽に入り、トレント・トレズナーとのコンビで、いまやデビッド・フィンチャー映画には欠かせない。『ソーシャル・ネットワーク』でアカデミー作曲賞を受賞している。