2018年1月28日日曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2017年度ベスト10(前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)

■前原利行(旅行・映画ライター)
 2017年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作、旧作含めて129本。前年の146本より少なくなってしまった。2016年は邦画を見るチャンスが少なく、1本も入っていないのが残念。いい作品はあるはずなのだが。

1. ドリーム(セオドア・メルフィ監督/アメリカ)
 日本でもっと大ヒットして欲しかった。宇宙実話ものは、もともと大好きなジャンルだが、本作は文句のつけようがない出来。とにかく脚本が素晴らしく、無駄なシーンがない。そして脇役に至るキャラまで、手抜きなくきっちり作り込まれている。ファレルの音楽も最高! そして見終わった後、、最高に気持ち良い気分になれる。

2. ラ・ラ・ランド(デミアン・チャゼル監督/アメリカ)
 隙だらけの脚本、主役二人以外のキャラが全て書き割りと、『ドリーム』に比べると映画的完成度は低いかもしないが、それをすべて帳消しにする音楽のマジック。そしてラスト40秒で、心を持っていかれる。1回目はノイズになっていた部分も、2回目鑑賞以降は愛おしいシーンに。リピート鑑賞するたびに、没入度は倍増。

3. ローガン(ジェームズ・マンゴールド監督/アメリカ)
 Xメン、ウルヴァリン両シリーズを通じての最高傑作。マンゴールド監督の前作『ウルヴァリンSAMURAI』はひどい出来だったが、今回は『17才のカルテ』のようにキャラに深みを出す演出。このシリーズで号泣するとは。

4. ダンケルク(クリストファー・ノーラン監督/イギリス、アメリカ、フランス、オランダ)
 なぜか日本では評価が低いが、もしかしたらノーラン最高傑作かも。とにかく「映像で見せる」ことにこだわった作品で、大画面で見ることに意義がある。説明を省いたソリッドな演出は好き。

5. ありがとう、トニ・エルドマン(マーレン・アデ監督/ドイツ、オーストリア)
 162分もあると知って見るのを躊躇したが、見て大正解。長さも感じさせないくらい、いや、この長さが必要だったからこそ、最後にくるカタルシスが素晴らしい。主人公が訪問した家族の前で歌う「グレイテスト・ラブ・オブ・オール」はベストシーン。

6. ノクターナル・アニマルズ(トム・フォード監督/アメリカ)
 何がいいかと説明するのは難しいが、2016年の『キャロル』同様、濃密な映画時間を堪能できる。つまり演出が的確だということ。

7. 婚約者の友人(フランソワ・オゾン監督/フランス、ドイツ)
 これも1シーン1シーン、的確な演出がされている。そして観客が薄々気づいている謎は中盤で明かされ、そのあとに真の物語が始まる。

8. ブレードランナー2049(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/アメリカ)
 リドリー・スコットが監督しないでよかった! 

9. ムーンライト(バリー・ジェンキンス監督/アメリカ)
 非常に繊細な作品。セリフのない中でも、確実に感情は伝わる。

10. ガーディアンズ・ギャラクシー・リミックス(ジェームズ・ガン監督/アメリカ)
 単純に楽しめるが、父と子の関係もきっちり描いていて、最後は男泣き。

上記テンと同等によかった作品としては、『キングコング: 髑髏島の巨神』『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』、『ベイビードライバー』、『IT/イットそれが見えたら、終わり。』、KUBO二本の弦の秘密』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

カネコマサアキ(イラストレーター、マンガ家)


.『大仏+』(ホアン・シンヤオ黄信堯監督/台湾)
廃品回収業の肚財は、大仏を作る制作会社の夜間警備員・菜埔と夜な夜な社長のベンツに付いてる車載カメラの映像を観ながら妄想を膨らませている。ある日、2人は映像の中に重大な発見をする。富裕層と最下層の人間の悲哀を台湾閩南語のとぼけた掛け合いで語る。オフビートな笑いとモノクロ映像(部分的にカラー)が素晴らしい。東京国際映画祭にて。

.『ブラインド・マッサージ』(ロウ・イエ婁燁監督/中国)
南京で働く盲人マッサージ士たちの性愛を赤裸々に描く。いつものロウ・イエ節が炸裂なのだが、見えない盲者の世界と映画を観る側・健常者の世界がスクリーン上でぶつかり合うような驚くべき化学反応があり、作品を別のステージへ。

.『パターソン』(ジム・ジャームッシュ監督/アメリカ)
ニュー・ジャージー州・パターソン市でバスの運転手として働くパターソンは、パターン(図柄)好きな妻と愛犬マーヴィンに囲まれて、ワン・パターンな日常生活の中から詩を紡ぎだす。慎ましくも手作り感溢れる生活の隅々が美しい。

.『ハートストーン』(グズムンドゥル・アルナル・グズムンドソン監督/アイスランド)
 『ムーンライト』(バリー・ジェンキンス監督/アメリカ)
毎年のLGBT映画枠というわけではないけれど、今年はどうしても1本に絞れないので2つ挙げることに。どちらも至高の純愛映画だと思う。

5.『立ち去った女』(ラヴ・ディアス監督/フィリピン)
冤罪によって30年投獄されていた女ホラシアは、彼女を陥れた元恋人に復讐するために故郷へ戻るが。美しいモノクロ映像の中、パロット売りのせむし男とトランスジェンダーの大女との夜の徘徊が彼女を癒してゆく。

6.『見えるもの、見えざるもの』(カミラ・アンディニ監督/インドネシア)
 『殺人者マルリナ』(モーリー・スリヤ監督/インドネシア)
フィルメックスでインドネシア勢が(しかも2人とも女性監督)2作同時グランプリを受賞したことは、大きな事件だ。それぞれバリ島、スンバ島の民間伝承からヒントを得た詩的な物語が展開する。

7.『夜空はいつでも最高密度の青空だ』(石井裕也監督/日本)
最果タヒの原作は読んだことはないのですが、昨年は『パターソン』や『ネルーダ』、上映されていないが『ソロ、ソリチュード』(インドネシア)なんていう映画もあるなど”詩人”映画が多かった印象。オザケンじゃないけど、意思は言葉を変え言葉は世界を変えていく、そんな映画だと思う。

8.『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(ケネス・ロナーガン監督/アメリカ)
音楽の使い方や設定などベタなところはあるけど、どこか粗野で無骨な感じが逆に心揺さぶられた。家族の崩壊を描いてるが、わずかに残る甥との絆を糧に男は生きてゆく。嗚咽を禁じえなかった。

9.『ブレードランナー2049(ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督/アメリカ)
前作を踏襲した世界観、映像美に酔いしれる。デッカードは人間であってほしい派だが、人間とは何か?根源的な問いがAI時代に突入した現在にも響く。SF感溢れる初体験のIMAX 3Dで。

10.『バンコクナイツ』(富田克也監督/日本)
元自衛隊員の小沢はバンコク・タニヤ通りで懇意のホステス・ラックと再会し、彼女の故郷イサーン地方へ。タイ駐在日本人の生態と彼女たちを生み出す背景に迫った力作。他者を描くことの無防備さを感じるところもあるが、その熱量に圧倒されるばかり。劇中の音楽モーラムの歌詞が胸を打つ。

次点(入れ替え可能作品)
Art through our eyes』(アピチャッポンほか5人の監督によるオムニバス/シンガポール)
『哭声/コクソン』(ナ・ホンジン監督/韓国)
『スヴェタ』(ジャンナ・イサバエヴァ監督/カザフスタン)
『グレイン』(セミフ・カプランオール監督/トルコ)
『石頭』(チャオ・シアン監督/中国)
『サムイの歌』(ペンエーグ・ラッタナルアン監督/タイ)
『インターチェンジ』(デイン・サイード監督/マレーシア)
『エヴォルーション』( ルシール・アザリロヴィック監督/フランス)
『変魚路』(高嶺剛監督/沖縄・日本)
『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』(パブロ・ラライン監督/チリ)
『ありがとう、トニ・エルドマン』(マーレン・アデ監督/ドイツ・オーストリア)

 自分にとって昨年一番のトピックと言えば『牯嶺街少年殺人事件』(1991年作・4Kレストア・デジタルリマスター版)25年ぶりの上映だった。幾度となくビデオで観ていたのだが、初見のような新鮮な味わいで完全にノックアウトされてしまった。少年の視点から主人公の父親の視点で観ている自分に時の流れを感じつつ、監督の意図したものがようやく理解できた感じがする。この天下の大傑作を観たせいか、他の映画が色褪せて見えてしまい、しばらく映画への興味を失うという日々が続いた。(それゆえ試写の重要作も4本ほど見逃してしまう。)本来ならこの作品がダントツで1位になるのですが、やはり今の映画を尊重すべきと思うので選択肢から外した。『タレンタイム』も過去2009年度にランキングしているのでこちらも除外した。PFFで観た日本映画『私たちの家』『赤色彗星倶楽部』も良かったが今年公開が決まってるので見送ることに。イベントとしては「カラフル!インドネシア」、「大阪アジアン映画祭」、「サンシャワー:東南アジアの現代美術」での特集上映、PFF、「東京国際映画祭」、「フィルメックス」などに通った。


加賀美まき(造形エデュケーター)

 2017年の韓国映画は、久しぶりに力のある作品が劇場公開されました。一方で、劇場公開されずDVDスルーとなる作品が増えたこと、また良質なコメディー作品が少なく残念でした。見逃してしまった作品があるので、今年もベスト5を選び、以下3作品は順不同です。

●韓国映画

1.「哭声 コクソン」 (ナ・ホジン監督/韓国)
 ある村で起こった連続殺戮事件。閉鎖的な村社会で、病、噂、祈祷、霊能など人々を取り巻く見えないものが絡み合い、2時間半、観客を戦慄と不条理の渦へ巻き込んでいく。脇役で知られるクァク・ドウォンが主演し、派出所の警官を好演。よそ者の男を演じた國村隼が韓国で助演男優賞を受賞して話題に。

2.「新感染 ファイナル・エクスプレス」(ヨン・サンホ監督/韓国)
 新幹線(KTX)内で繰り広げられる、対ゾンビのサバイバルアクション映画。原題は「釜山行き」で本国大ヒット作品。新鋭のヨン・サンホ監督実写長編第1作。人間ドラマとしても楽しめる。前日談となる長編アニメ「ソウル・ステーション・パンデミック」も見逃せない。主演は「トガニ」のコン・ユ。

3.「トンネル 闇に鎖された男」(キム・ソンフン監督/韓国)
 トンネンが崩壊し、車ごと閉じ込められた男。あるのはわずかな食料と水、携帯電話‥。ありがちな救出劇で終わらないのが「最後まで行く」のキム・ソンフン監督の力量。社会風刺を盛り込みドラマが展開する。閉じ込められた男を演じるハ・ジョンウの硬軟織り交ぜた絶妙な演技が際立つ。

4.「お嬢さん」(パク・チャヌク監督/韓国) 
「オールド・ボーイ」のパク・チャヌク監督作品。日本統治時代の設定で、日本人伯爵邸で繰り広げられる騙し合いのサスペンスドラマ。パク監督ならではのエロチックで耽美な演出が斬新。日本語のセリフが多く、多少耳に障るが、女優陣キム・ミニとキム・テリの熱演は必見。

5.「隠された時間」(オム・テファ監督/韓国)
 立ち入り禁止地区の洞窟に出かけた少女と同級生の少年3人。そこで少年たちが姿を消してしまう。程なく少年の一人が大人の姿で現れ、少女と再会。理不尽な大人たちが取り巻く中、ともに親を亡くした孤独な二人が、時空を超えて心を通わす物語が心を揺さぶる。ピュアな青年役のカン・ドンウォンが秀逸。

●その他 順不同
・「アシュラ」(キム・ソンス監督/韓国)
 ある都市を舞台にした、私欲にまみれた男たちの修羅場を描くクライムサスペンス。エグさ満載。
「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」(原題:ユン・ジェホ監督/韓国・フランス)
 出稼ぎで中国に渡った北朝鮮女性が辿る人生を追ったドキュメンタリー。現実を知る一作。
・「密偵」(キム・ジウン監督/韓国)
 日本統治下、独立運動の義烈団リーダー(コン・ユ)と日本の警察官(ソン・ガンホ)たちの攻防を描く。日韓の歴史を知る作品。

●韓国映画以外で印象に残った作品
ローサは密告された(プリランテ・メンドーサ監督/フィリピン)
・マンチェスター・バイ・ザ・シー(ケネス・ロナーガン監督/アメリカ)
・ノクターナル・アニマルズ(トム・フォード監督/アメリカ)

ジャコメッティ 最後の肖像


Final Portrait
2017年/イギリス


監督:スタンリー・トゥッチ
出演:ジェフリー・ラッシュ、アーミー・ハマー、トニー・シャループ、シルヴィー・テスチュー
配給:キノフィルムズ/木下グループ
公開:201818日よりTOHOシネマズ シャンテ他にて公開中

日本でも展覧会が好評だった、細長い人の彫刻で知られるジャコメッティ。
舞台は1964年、すでに有名になって個展も開かれている晩年のジャコメッティ。
その彼に肖像画のモデルを依頼された
主人公ロード(アメリカ人作家)が、「2日ですむから」
と言われてアトリエに行くが、なかなか作品が完成せず18日間も
かかってしまう(映画はロードの回想録を基にした実話)。
そのため物語の大半はアトリエが舞台で、
そこに妻のアネット、ジャコメッティの弟のディエゴ、
そしてジャコメッティのミューズ的存在の娼婦カロリーヌ
が現れては消え、ジャコメッティはなかなか創作に集中できない。
モデルは椅子に座ってじっとしているだけだから、そうした人間模様を観察する。

意外だったは、成功者なのに、ジャコメッティの家もアトリエもみすぼらしいこと。
お金には無頓着なのかケチなのか、必要ないものは欲しくないのか。
生活も質素といえば質素。
かといって高尚な職人気質ってわけでもない。まあ、偏屈といえば偏屈だ。
観客は凡人側である主人公の気分だから、最初は天才であるジャコメッティに気を使い、

早く完成してくれるように注意を払うが、
そのうち「コイツ、本当に完成させる気があるんだろうか」と不安になってくる。

モノづくりが難しいのは始めと終わりで、特に仕事の依頼でもなく始めたものは、
“完成しない作品”になりがちだ。
自分で締め切りが切れないからだ。人の創作風景を見るのはなかなか面白い。
映画は低予算の小作品で舞台にもできそうだ。
地味といえば地味な作品だが、きちんと作ってあるので創作好きな人には、

興味を持って見れるはず。
「最後の肖像」というのは、彼が描いた最後の肖像画だから。
ジャコメッティにジェフリー・ラッシュ。
海賊バルボッサの人ね。主人公のモデルにアーミー・ハマー。
監督は、俳優のスタンリー・トゥッチ。

2018年1月26日金曜日

謎の天才画家ヒエロニムス・ボス


ボスの代表作『快楽の園』をあらゆる角度から徹底検証する、 90分のドキュメンタリー

2016年/スペイン、フランス



監督:ホセ・ルイス・ロペス=リナレス
出演:ラインダー・ファルケンブルグ、オルハン・バムク、サルマン・ラシュディ、ルドヴィコ・エイナウディ
配給:アルバトロス・フィルム
公開:12月よりシアターイメージフォーラムほかにて公開中


12月16日より公開中『謎の天才画家ヒエロニムス・ボス』。
ちょっと時間が経ってしまったが、まだまだ上映中なので。

不思議な絵を描くボスは、昔から気になっていた。
小学生ぐらいの時からマグリットやダリが好きだった僕だが、
ボスのことを知ったのはもっと後。
海外に行くようになってからだと思う。
最初はシュールレアリズムの画家と思ったが、
時代はもっと古いルネサンス期で、生年、没年とも、
レオナルド・ダ・ビンチとほぼ同じくらい(1450頃-1516)。
その時代の中の誰とも違う個性を発揮していたことがわかる。

彼が描く絵は、日本の「百鬼夜行」のようだ。
空想上の生き物だけでなく、人と動物の合体、
生物と無生物の合体、巨大化した生き物が描きこまれて、
細部までじっくりと見たくなる。
本作は彼の代表作で、スペインのプラド美術館にある
「快楽の園」の謎に迫るドキュメンタリーだ。
ボスという人物を探る面もあるが、どちらかといえばこの絵画のテーマや、製作の過程の秘密や歴史を探る作品だ。

彼が生きた時代は、レコンキスタが終わり、
スペインが新大陸を発見。
ヨーロッパの覇者になった頃。
ボスが暮らしていたフランドル地方は商業が発展し、
裕福な商人や王侯貴族が生まれていた。
そんな中でボスは人気の画家で、
彼の作品を王侯が競ってコレクションしていたという。
中でもスペインのフェリペ2世は彼の作品を集めていたので(ボスの死後だが)、この「愉楽の園」がプラド美術館にある。

映画では、エックス線を使ったりして下絵を探ったり、
絵に描かれている楽譜を演奏したりする。
そして聖書の逸話と絵の関係性などが
様々なジャンルの人たちによって語られる。
それはそれで面白いが、それでも
なぜ彼はこんな絵を描いたかの動機や発想はわからない。
だから、魅力的なのだろう。
この「愉楽の園」をプラド美術館で見た
ダリやミロ(共にスペイン出身)に影響を及ぼしたと思うと、
ボスはやはりシュールレアリズムの元祖かもしれない。

★ ★ ★

2018年1月22日月曜日

否定と肯定

Denial
ホロコーストはなかったか? 実話の裁判の映画化。


監督 ミック・ジャクソン


出演 レイチェル・ワイズ、ティモシー・スポール、トム・ウィルキンソン
12/8から公開中
●ストーリー
アメリカの歴史学者デボラ・E・リップシュタットの講演中、
ホロコースト否定論者のデイヴィッド・アービングが現れ、
「嘘を言っている」と絡んでくる。
リップシュタットがその著作物で、「ホロコーストはなかった」と
主張するアービングを批判していたからだ。
相手にしないリップシュタットに対しアービングは、
今度はイギリスで彼女と本の版元であるペンギンブックスを名誉毀損で訴える。
イギリスに渡り弁護士団と打ち合わせをするリップシュタットだが、
名誉毀損に関しては、逆に訴えられた側が相手の間違いを証明しなければならないという、英米の裁判の違いに驚く。
そして世間が注目する裁判が始まった。。

●レビュー
これは1996年に実際に起きた 
「アーヴィング対ペンギンブックス・リップシュタット事件」
訴訟と裁判の映画化だ。
興味ある人は、この事件はwikiにも載っているので、読んでみるといい。
当時、こんな裁判があったか記憶にないが、欧米では話題になったらしい。
何せ現代のイギリスの王立裁判所で、ホロコーストはあったかないかの証明をし、裁判で決着をつけるのだから。
まあ、「〜はなかった」という否定論者は、昔から世界中にいる。
これは、まだ歴史的な検証が済んでいないものは別として、
もう定説となっているものを、歴史資料から自分に
都合がいいところだけ抜粋して、自分の主義主張に合わせているだけだ

本作の主人公である歴史学者リップシュタットは、
そういう輩をそもそも“学者”として認めておらず、
アービングが仕掛けてくる“討論”にも乗らない。
アービングにすれば、結果ではなく、きちんとした学者と討論できたことで、
すでに彼の“勝ち”になってしまうからだ。
裁判も勝ち負けより、世間に注目されれば
「もしかして彼の言うことは本当かも」という人が必ず出てくる。
今まで無名の「トンデモ学者」だったのが、「テレビに出た有名人」になった時点で、
その試みは成功しているのだ。

「ホロコーストはなかった」何て信じる人はいるのか?
と思うだろうが、いる。
ヒトラーをするネオナチだけでなく、
日本でも1995年に「マルコポーロ事件」があった
(「ガス室はなかった」とする記事を掲載し、廃刊に追い込まれた)。
問題は、トンデモ歴史論を展開する人たちが、「表現の自由」を盾に使うことだ。
それを盾に取られてしまうと、識者たちの反論の筆が鈍くなることを知っているからだ。
映画を見ていて思うのは、「表現の自由」は大事だが、

それを野放しにすると、デマカセ情報や無責任の中傷情報も広がり
鵜呑みにした人たちが偏見や憎悪を持ってしまう危険性があるということ。
現に今のネット社会がそうだろう。

(ヤフコメでも、ヘイト発言は表現の自由と勘違いしている輩が多い)

あとこの映画で勉強になったのは、英米の裁判のシステムの違い。
「法廷もの」は映画では一つのジャンルにもなっているが、

今まで作られてきたのはアメリカ映画がほとんど。
本作では、アメリカ人がイギリスの法廷に出るということで、

日本人にもわかりやすくイギリスの裁判のシステムを解説してくれる。
で、難しいのは、もしアービングが本当に

「ホロコーストはなかった」と信じきっていた場合、
彼は嘘をついていないので「中傷にはならない」のではないかという
問題も出てくること。
なので、「知ってて、都合のいいところだけ抜き出した」と、
訴えられた側が証明しなきゃならないのだ。
うーん、面倒。

監督は懐かしや『ボディガード』のミック・ジャクソン。
最近見ないと思っていたら、テレビに戻り、
ドキュメンタリーの演出をしていたらしい。
なので法廷劇だが、きちんと最後はエンタメ映画としても
盛り上がれるような演出もされている。
★★★☆

はじめてのおもてなし




2016年/ドイツ

監督:サイモン・バーホーベン
出演:センタ・バーガー、ハイナー・ラウターバッハ、フロリアン・ダーヴィト・フィッツ
配給:セテラ・インターナショナル
公開:1月13日よりシネスイッチ銀座ほかにて公開中
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/welcome/

●ストーリー
ミュンヘンに住むハートマン一家は裕福だが、家族がバラバラになりかけていた。教師だった妻のアンゲリカは定年後に生きがいを見出せず、医者の夫のリヒャルトは自分の歳を認めず仕事と若さにしがみついている。弁護士の長男はワーカホリックで妻に逃げられ、長女は31歳になるのに大学をまだ転々として将来を決められない。そんな中、アンゲリカは、アフリカ難民の青年ディアロを家族に迎え入れることにする。

●レビュー
難民問題で揺れる欧州だが、そのなかでも比較的、難民を受け入れてきたドイツ。
しかしそれにまつわるトラブルも増え、
きれいごとだけでなく、どう向き合うかの覚悟も必要になってくる。
当然ながら、ドイツの世論も二分される。
そんな中、2016年にドイツで公開され、大ヒットしたコメディだ。

本作がヒットしたのは、シリアスな題材にもなる話をアンサンブルコメディにして、堅苦しくないドラマにしたことだろう。
ズシンとくる話は見た後は確かにいいが、見に行くまで腰が重くなるからだ。
ただし本作はコメディだが、描かれていることはすべてまともに描いたらシリアスである。

ハートマン家の4人は、ドイツ人の縮図で老人問題、生きがい、働きすぎ、自分探しと、裕福だが、どこか人間的な幸せを見失って活力を失っている。
難民の青年から見ると、それが不思議で仕方がない。
また、難民に対する態度も、リベラル派でも分かれるし、さらにご近所に至っては、犯罪者扱いする者もいる。
そして何が何でも難民受け入れ派もおかしい。
そのすべてを均等に茶化し、最後は「人と人との関係が大事」というシンプルなところに落ち着くのだ。
難民問題という時事ネタがストーリーの軸だが、根っこでは「家族の再生」が大きなテーマになっている。
英米映画ばかり見ていると、俳優の演技がベタに感じるかもしれないが(ちょっと邦画っぽい)、きちんと伏線が張られた脚本は緻密。気楽に楽しもうという方にもオススメだ。

前原利行(★★★☆)