2015年7月17日金曜日

わたしに会うまでの1600キロ


Wild

トレッキング未経験の女性が、1600キロのトレイルを3か月かけて歩いた。その道中に、去来する過去のできごと。人生をリスタートさせる決意の物語。






2014年/アメリカ

監督:ジャン=マルク・ヴァレ(『ダラス・バイヤーズ・クラブ』『ヴィクトリア女王 世紀の愛』)
脚本:ニック・ホーンビィ(『ハイ・フィデリティ』『アバウト・ア・ボーイ』の原作)
原作:シェリル・ストレイド
出演:リース・ウィザースプーン(『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』『キューティ・ブロンド』)、ローラ・ダーン(『ブルーベルベット』『ジュラシック・パーク』)
配給:20世紀フォックス
公開:828日よりTOHOシネマズシャンテほか

●ストーリー 

ようやく登りきった岩山の上で靴を片方落としてしまったシェリルは、もう片方まで投げ捨てる。ロサンゼルス北のモハーベ砂漠からワシントン州ポートランド近郊までの1000マイル(1600キロ)を歩く道、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)。今までこんな旅をしたことがないシェリルなので、最初から失敗の連続だった。出発地で買い込んだ新品の登山用具をバックパックに詰め込むと、重すぎて立てない。初日はたった10キロしか歩けなかった。そのうえ、携帯コンロの燃料をまちがえて買い、冷たい粥を毎日食べるハメに。歩きながらシェリルは回想する。子育てが一段落して、シェリルと一緒の学校に通い出した母ボビーのことを。あの頃は本当に楽しかった。
トレイルを歩き始めて8日目、空腹に堪え兼ねて、危険を感じながらもトラクターの男についていくと、男の妻が手料理を作ってもてなしてくれた。12日目、道の途中でベテランハイカーと出会い、その先にある宿泊所で、また落ち合うことを約束する。道中、シェリルは自分の度重なる浮気とドラッグ依存により、夫と離婚したこと、父親が定かではない妊娠をしたことを思い出す。そんな日々にふと目にしたのが、このトレイルのガイドブックだったのだ。


●レヴュー


『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』でアカデミー賞を受賞したアメリカ人女優リース・ウィザースプーン。世間的には『キューティ・ブロンド』シリーズの能天気なコメディエンヌのイメージが強いが、僕のお気に入りの女優のひとり。最近は地味な作品が多くて話題になることが少なかったが、制作会社を立ち上げ、『ゴーン・ガール』などのプロデューサーをしていたらしい。もちろん本作でも製作を兼ね、この体当たりの演技で本年度のアカデミー主演女優賞にノミネート。ほぼ一人称で語られる本作なので、出ずっぱりだし、それまでのイメージとは異なる演技もしているなど、よほどこの作品に惚れ込んだに違いない。

原作はシェリル・ストレイドが実際にPCTを歩いた記録をまとめた自叙伝で、2012年に出版されてベストセラーになったという。歩いた時期は、劇中に「ジェリー・ガルシア死去」が出てくるので1995年のことだろう。ウィザースプーンは出版前に原作を読んで感動し、映画化権を獲得。脚本を『ハイ・フィデリティ』『アバウト・ア・ボーイ』の原作者として知られるニック・ホーンビィに依頼。ホーンビィは、なぜ彼女がトレイルに出たのかを最初に語らず、旅の途中でそれが徐々に回想シーンによって明かされていくというように、構成を映画用に変えた。これは効果的だったと思う。ひとりで自然の中を歩いて行くのは、小説だとモノローグが入るので有効だが、映像に延々とモノローグを付けるわけにもいかないし、ほとんどの時間が何も起こらないので、映像だけだと単調になってしまうからだ。そこで、アクセントを付けるため、ところどころに回想シーンを入れ、それも彼女が何者であるかを少しずつ明かしていけば、観客の興味が持続していくようにした。同時期に観た、やはり女性ひとり旅映画の『奇跡の2000マイル』では、その単調さをわざと取り込んでいたが。監督は『ダラス・バイヤーズ・クラブ』で、マシュー・マコノヒーにアカデミー主演男優賞をもたらしたジャン=マルク・ヴァレ。派手さはないが、演出力のある監督だ。

あまり山歩きやトレッキングはしないほうだが、海外旅行ではたまにすることがある。単調な風景の中の移動では、変化は頭の中でつけるしかない。歩きながら、ふだんは忘れていた過去の出来事や忘れてしまった人の顔が次から次へと立ち現れ、そして音楽のメロディーが一日中ループして離れない。数日間、あの曲が頭で何百回もリピートしているということはよくあるのだ。この映画の主人公シェリルの頭の中でリピートしている曲は、サイモン&ガーファンクルの『コンドルは飛んでいく』だ。シェリルの母がかつてよく口ずさんでいた歌。それが映画の中で何度も変奏を重ねて流れ、エンドクレジットで本物が流れるときは感動モノだ。

周囲に家もない山の中を歩くひとり旅。『奇跡の2000マイル』ではまだ牧歌的な70年代の雰囲気があったが、これは現代のアメリカ。女性のひとり旅には、自然以外の危険もつきまとう。最初のトラクターの運転手に「夫が先を歩いている」とウソをいい、途中で出会ったハンターにおびえる。そんな緊張から解き放たれるのが、山小屋での仲間たちとの語らいや、たまに町に出た時の息抜きだ。途中、シェリルが町で目にするニュースが「ジェリー・ガルシア死去」。日本だとわからない人も多いだろうが、アメリカではものすごい数のファンがいるバンド、グレイトフル・デッドのリーダーだ。この映画の一シーンからもとくに地元カリフォルニアでは、いまでも根強い人気があることがわかる。

旅はいつもあっけなく終わる。1週間の旅だって、1年の旅だって。映画やドラマと違って、フィナーレは華々しくなく、誰かが旗を持って出迎えてくれるわけではない。本作もそうした意味では、「ああ、ここが最終地点なのね」と地味だが、旅をしたことがある人は、旅はゴールが重要ではなく、その過程が重要であることはわかるだろう。何よりも、旅は自分をリセットできる場なのだ。シェリルも、今までの人生をここでリセットできたはずだから。
(★★★☆)