2016年3月30日水曜日

さざなみ

結婚生活45年の夫婦。ある知らせをきっかけに、揺れ動いていくふたりの感情を描く。

45 YEARS

2015年/イギリス
監督:アンドリュー・ヘイ
原作:デヴィット・コンスタンティン”In Another Countory”
出演:シャーロット・ランプリング。トム・コートネイ
配給:彩プロ
上映時間:95分
公開:2016年4月9日(土)、シネスイッチ・銀座ほか全国順次ロードショーHP:http://www.sazanami.ayapro.ne.jp

●ストーリー
土曜日に結婚45周年の祝賀パーティーを控えるジェフ(トム・コートネイ)とケイト(シャーロット・ランプリング)。子供はいないが仕事を引退し、ささやかな生活を送っていた。その週の始めの月曜日、スイスからジェフ宛に一通の手紙が届く。50年以上前に、氷河のクレパスに落ちて行方不明になった恋人のカチャが、溶けた氷の中から当時のままの姿で発見された、身元を確認に来て欲しいというものだった。思わず「僕のカチャ」と口にしたジェフ。その時から夫婦の関係がきしみ始める..

●レビュー
 この物語では、長年連れ添った夫婦の穏やかな関係が、一通の手紙とそれを読んだ夫の不用意な一言で波立ち、45年培った関係が次第に揺らいでいく様が描かれいる。行方不明になった元恋人が氷河の中から発見されたという知らせを受けて、夫が思わず「僕のカチャ」と言ってしまったその日から、夫は過去を振り返り始め、妻の心はざわめき立っていくのである。

 元恋人「カチャ」が二人の間に入り込んできた日から、結婚45周年を祝うパティーまでの6日間の二人の様子を物語は追っていく。男女の恋愛や結婚といった観念の違いが巧みに表現され、また、夫婦の絆の脆さ危うさを静かに刻んでいくあたりが心憎い。忘れていたはずの過去の恋愛の記憶を呼び起こし、元恋人の姿を追いはじめる夫。理性的であろうをすればするほど、日増しに大きくなる嫉妬心や夫への不信感を拭い去ることがでない妻。1日1日さまざまな伏線が織り込まれ、二人の心情の変化に目が離せない。おそらく、どこにどう共感するか(しないか)は男女で変わってくるのだと思う。

 ラストは45周年を祝うパーティーの席。夫は感動的なスピーチを妻へ贈る。しかし、この物語を締めくくる妻の最後の表情に息を呑むだろう。理知的な女性でありながら、不信感を募らせていく妻を演じたのはシャーロット・ランプリング。美しさと虚無的な佇まいを併せ持つ彼女にははまり役だ。台詞、表情、動きのひとつひとつから妻の仔細な感情を浮き上がらせるのは見事というより他はない。

舞台はイギリスの地方都市で、二人が暮らす郊外には田舎風景が広がっていて美しい。風が吹き抜ける運河や草原に佇んで妻が思いを巡らせるシーンは、いかにもイギリスらしい情景で、心理描写とよくマッチしていて印象的だ。
★★★★

2016年3月27日日曜日

光りの墓

CEMETERY OF SPLENDOUR

タイ東北部。かつて学校だった仮設病院で、原因不明の”眠り病”にかかった兵士たちが静かに眠っている。






2015年/タイ+イギリス+フランス+ドイツ+マレーシア
制作・監督・脚本:アピッチャポン・ウィーラセタクン
出演:ジェーンジラー・ポンパット・ウイドナー、パンロップ・ロームノーイ 、ジャリンパッタラー・ルアンラム
配給:ムヴィオラ
上映時間:122
公開:3月26()よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

公式サイト: http://www.moviola.jp/api2016/

ストーリー

タイ東北部イサーンにある町コーンケン。かつて学校だった病院に原因不明の“眠り病を患っている兵士たちがベッドに横たわっている。ボランティアとして病院を訪れたジェンは、面会者のいない青年イットの世話をし始める。そこで特殊能力を持つケンという女性に出会う。彼女は”眠り病“の男たちの魂と交信ができるのだった。ついにジェンの献身的な世話によって、イットは目を覚ます。

レビュー

今までの作品同様、アピチャッポン監督の育った土地イサーン、とりわけコーンケンの歴史・記憶を掘り起こす。原因不明の“眠り病”にかかった兵士たちが横たわる病院は、かつて学校であり、さらにその古層では、その地を支配していた王の墓があった場所であることが示唆される。主人公ジェンが近所にある湖のお堂にお供えものをすると、そのお堂に祀られている王女姉妹の像が実体化して登場し、「お供えしてくれてありがとう」なんて言いながらロンコン(フルーツ)を一緒に食べたりする。それが何ともユーモラスだ。

ジェンが世話をする兵士イットは、アフガニスタンの米兵にも効果があったという治療設備のせいか、ジェンの献身によるものかわからないが、時折目を覚ますようになる。(彼はイサーンとは逆の南部出身という設定)ジェンは彼を息子のように扱い、夜市で食事をしたり、映画館へ行ったりする。そして、突然眠りの世界へ戻ってしまう。一方、病室で知り合った女性ケンは人の前世や魂と交信できる能力をもっており、眠っているイットの魂を憑依させ、ジェンをかつてあった王宮へ案内したりする。さすがに不安になったジェンは「もう目を覚ましたいの」というと、イット(=ケン)は「じゃあ目を大きく開いて」という。

何層にもレイヤードされた世界に幻惑させられる。目が覚めていても、現実に見えるものとそうでないものがある。逆に、眠ることは現実を見ないことであり、沈黙でもあり、見えなかったものが認知できる夢の領域でもある。夢の素材は記憶から引き出されるとフロイトがいうように、意識と無意識で人間はバランスをとっているともいえる。さらにそれは民族の集合的無意識にも関わってくる。

それに呼応するかのように、アピチャッポン監督の映画では巧妙に隠されているようでいて、大きく露出しているものがある。それは人々を統率へと導く存在である。『世紀の光』で登場した近代的な病院は「軍」の施設だった。そして国王の銅像が出て来た。どちらもタイでは当たり前すぎる身近な存在である。この映画は冒頭、軍関係者と思われるトラックが入って来て、重機がおろされ、土地が掘り返されるところから始まる。映画館では流れるはずの国歌がなぜか意図的にカットされているのに気づく(本来タイ国民は起立して聞く)。そして“眠り病”にかかった兵士たち。彼らは何かトラウマを抱え、眠ることで沈黙し、無意識下で自己防衛しているのかもしれない。(『ブンミおじさんの森』では、軍当局によって赤狩りが行われ、虐殺があったことに触れていた。)古層の話とはいえ、祀られていた王女姉妹の「王様は兵士の生気を吸って今も(外敵と)戦いを続けているのよ」というセリフも意味深だ。

「検閲を避けるためこの映画はタイで上映しない」「今後タイ国内で映画を撮らない」と監督は言っているそうである。それはちょっと違うだろう、と言いたいが、監督にそんなことを言わせてしまうほど14年クーデター後の軍事政権によるタイの政治状況は深刻なものとなっているのだろう。

(カネコマサアキ★★★★


関連事項
主演のジェンおばさんことジェーンジラー・ポンパット・ウイドナーは監督第2作『ブリスフリー・ユアーズ』(02)からの常連である。劇中と同じくアメリカ人の伴侶をもち、ノーンカーイで手芸品を作って生計をたてている。
イット役のパンロップ・ロームノーイは『トロピカル・マラディ』(04)の主演。