2019年9月21日土曜日

ホテル・ムンバイ


Hotel Mumbai
 
 

2008年に起きた「ムンバイ同時多発テロ」を基に描く

2018年/オーストラリア、アメリカ、インド

監督:アンソニー・マラス
出演:デヴ・パテル(『スラムドッグ$ミリオネア』『奇蹟がくれた数式』)、アーミー・ハーマー(『君の名前で僕を呼んで』)、ナザニン・ボニアディ(『パッセンジャー』)、アヌパム・カー(『ビッグ・シック 僕たちのおおいなる目ざめ』

配給:ギャガ
公開:927日よりTOHOシネマズほか全国で公開
公式HPgaga.ne.jp/hotelmumbai/

●ストーリー
 20081126日、臨月の妻と幼い娘と暮らす給仕のアルジュンは、いつものように仕事先のタージマハル・ホテルへ向かった。その日、ホテルには生後間もない娘とシッターを伴ったアメリカ人建築家デヴィッドと妻のザーラ、ロシア人実業家のワシリーなども泊まっていた。一方、ゴムボートでムンバイに上陸したテロリスト集団はまずCST駅を襲撃。別の集団は外国人でにぎわうコラバのカフェを襲った後、タージマハル・ホテルに逃げ込んだ人々に混じって入り込み、無差別に射撃を始める。

●レビュー
 この事件の数年前、このタージマハル・ホテルに泊まったことがある。このホテルは単なる高級ホテルではない。19世紀末、インド有数の財閥であるターターが友人とホテルに行ったところ、「欧米人専用である」と入場を断られた。そのことがターターに、インドにインド資本の一流ホテルを建てなければならないと決意させ、1903年にこのホテルが完成した。つまり映画のタイトルのように、タージマハル・ホテルは、ムンバイの町やインドの象徴でもあるのだ。そのためにテロリストたちの標的にもなったのだろう。

 本作では実際に起きた事件のリサーチに時間をかけ、事件に巻き込まれた多くの人たちの要素をまとめて何人かのキャラクターを作り出している。映画の主人公のひとりであるアルジュンもそんなひとりだ。ホテルの給仕でシク教徒だ。演じるデヴ・パテルは、出世作となった2009年の『スラムドッグ$ミリオネア』のラストシーンで踊ったCST駅が、撮影数ヶ月後にテロの舞台になったことを忘れていなかったという。

 映画はテロ事件の様子を、冷静に映し出していく。正直、人は誰かが撃たれるまで危機感はない。銃を堂々持って歩いても「あれ?」というぐらいの感じなのだ。犯人たちはCST駅のトイレで銃を準備し、無造作に外に出て撃ちまくる。伏せようが死んだふりしようが関係ない。別グループは、僕も何度も行ったことがあるコラバの名物カフェのレオポルドへ。ここは六本木のアマンドみたいに繁華街に面した場所だ。こんなところで犯人が入ってきたら、もうどうしようもない。外国人なら隠れても探し出されて射殺されるだけだ。映画では、運良くレオポルドを脱出した外国人カップルが、運悪くタージマハル・ホテルに避難するシーンがある。徒歩5分程度だし、テロが起きた時に高級ホテルが一番安全な避難場所と思うのも無理もないかもしれない。その時点ではテロの標的が何かもわからないのだから。映画では描かれていないが、タージマハル・ホテルと同時に、やはり高級ホテルのオベロイも襲われ、そこでは日本人ビジネスマンひとりが犠牲になっている。

 しかし映画を見ていて思ったのは、銃を持った男が一人いたら一般人100人ぐらいはすぐに殺せるということ。もう、戦うなんて不可能。それはキアヌとかセガール映画の世界。そしてこうした無差別殺人の場合、逃げても隠れても、助かるか助からないかは自分の行動ではなく、単なる運しかないってことだ。走って逃げても撃たれる。隠れても、見つかるのは時間次第だ。本作でも、主要登場人物の多くが途中まで生き延びても、ほとんど抵抗できないままあっけなく死んでいく。テロリストたちにとっては、人を殺すのはゴキブリを叩くのと同じぐらいの感覚なのだ。

 一方、映画はテロリストたちの素顔も描いていく。彼らの多くは少年と言ってもいい年頃だ。イスラーム過激思想に洗脳され、死ねば天国に行けると思っている。また、お金が目的で参加したものもいる。彼らもまた「神のために人を殺せ」と言われて従順に従い、最後は射殺される使い捨ての犠牲者だ。首謀者は携帯で指示するだけで、自分は安全な場所にいる。洗脳された少年が、女性の頭を平然と撃ち抜く姿は怖い。

 中盤から、ホテルの中に舞台が限定されていく。たった3人の少年たちが各部屋を回って宿泊客を撃ち殺していく間、取りかこむ数百人の警官隊は何もできない。多分アメリカなら3時間で決着つくと思うが、インドではテロ終結まで60時間もかかってしまう。まあ、しかし日本で同じようなテロが起きたら、多分インドとそう変わらないことになるだろう。お役人は誰も責任を取りたくないから、突入しないのは目に見えている。

 前述の通り、このホテルに泊まったことがあるので、ついつい自分だったらどうするかとリアルに感じて観てしまった。もちろんこの映画には欠点もある。宿泊客たちの描きこみが弱かったり、ホテルスタッフが美化されているような気がしたり、実際のタージマハル・ホテルのロビーとは似ておらず、最後は無理やりハッピーエンド感があるなどだ。しかし、まあそれは細かいところで、大筋としてはあのテロ事件をうまく映画化したと思う。そして最も憎むべきは、人を憎むように少年たちを教育した輩だ。そしてもし自分があの場にいたらどうすべきなのか。回答がない自問かもしれないが、考えざるをえない作品だ。
★★★☆