2019年1月25日金曜日

バジュランギおじさんと、小さな迷子

迷子の少女をパキスタンまで送り届けるヒューマンドラマ
 
 

2015年/インド
監督:カビール・カーン
出演:サルマン・カーン、カリーナ・カプール、ハルシャーリー・マルホートラ
配給:SAPCEBOX
公式ページ:bajrangi.jp/
公開:1月18日より新宿ピカデリーほかにて公開中

●ストーリー
パキスタンの山岳地帯に住む少女シャヒーダーは、幼い頃から声が出ない。そこで心配した母親がインドの聖者廟に願掛けに連れて行くが、帰国途中ではぐれてシャヒーダーはインドにひとり取り残されてしまう。そんな彼女に出会ったのは熱心なハヌマーン信者のバワン。「バカ」がつくほどの正直者の彼は、やがてシャヒーダーがパキスタン人と知って驚くが、彼女をパキスタンへ送り届けようと国境を越える。

●レビュー
『ダンガル きっとつよくなる』『バーフバリ 王の凱旋』に次ぐインド映画世界歴代興行収入第3位というヒットのヒューマンドラマ。
タイトルロールのバジュランギおじさんことバワンを演じるのは、インド映画界の大スターのサルマン・カーン。アクションもののイメージが強い彼だが、今回は多少の立ち回りはあるものの、“頭がちょっと弱いギリギリの正直者”(昔の邦画喜劇ではよくあったキャラ)を演じている。
 
面白いと感じたのは日本人には馴染みが薄い宗教の違いから来るギャグだ。
迷子の少女を最初は「バラモンの子」と勘違いしていた主人公。
シャヒーダーが目を離した隙にイスラム教徒の家に入り込んで肉を食べているのを見てビックリするシーン、モスクに入り込んでお祈りしようとしているのを見て「ムスリムだ」とショックを受けるというのも、日本人には異文化を感じるシーンだ。
 バワンはバラモン階級らしいヒンドゥー教徒で、しかもハヌマーン信者とドラマ内では公言しているが、これがどんなタイプなのかがわからない。
シヴァとかヴィシュ信者は聞くけど。
 
パキスタンに住むシャヒーダー(イスラムの「殉教者」という意味)が、「ご利益あり」として母親に願掛けに連れて行かれるのが、デリーのニザーム・ウッディーン・アウリヤー廟。
ガイドブックではおなじみの場所だが、ここがパキスタンからわざわざ苦労してくるほどの場所だとは知らなかった。
厳格なイスラーム原理主義の国とは違い、インドを含む南アジアではイスラーム神秘主義(スーフィズム)による聖者信仰が盛んだ。モスクは神のために祈る場所であり、神様は個人の願いなど聞いてくれない。
しかし人々は神様にすがって何かを祈願したい。
そこでイスラーム教の場合、神様ではなく聖者にご利益を求める。有名な聖者の廟は、男ばかりのモスクと違って女性が多い。
厳粛なモスクと違い、ここでは熱狂が渦巻くことがある。
ただし、厳格なムスリムからすればそれは偶像崇拝で異端でもある。
しかしヒンドゥー寺院などみれば、聖者廟はインドの文化に受け入れやすい。
「声が出ますように」という祈りは、娯楽映画なので最後には叶えられるのだが。
 
また、映画には「インド人のパキスタン人観」が垣間見られ、面白い。
バワンは最初は正規のルートでパキスタン行きを申請しようとするのだが、埒があかない(役人のダメさ加減は笑いの対象)。
結局はジャイサルメールの砂漠から密入国しようとするのだが、砂漠の国境地帯にはメキシコ国境よろしくたくさんのトンネルが掘られているというのは、都市伝説かもしれないが面白かった。
 
密入国したインド人は、当然ながらパキスタンではスパイ容疑がかけられる。
しかし人々の善意と警察の無能ぶりにより、ふたりは何とかシャヒーダーの故郷であるカシミールへと向かう。
バレそうになっても、正直なバワンに皆心打たれて、一般人は彼を守るのだ。
舞台は砂漠地帯から一転してカシミールの山岳地帯へ。美しい風景もこの映画の見所だ。
ラストは、バワンの行動がインド、パキスタン両国の人々の心を動かす。
ヒマラヤの国境に両国の大勢の人々が押し寄せるシーンは感動的だ。
 
とはいえ、映画的には“古〜い邦画喜劇”的な緩さ(インドの娯楽映画)なので、映画として出来はというと、ゆるくみればいい。
一応、「両国は仲良くしましょう」という社会的メッセージはあるが、昨年の『パッドマン』ほど強くはなく、「人々の善意で何とかなる」という程度のゆるいもの。
あと、個人的には子役の演技が古すぎてイラつくときがあった。
インドではまだ、子役に定型の演技を求めるのだが、ほら、邦画で不自然な子役の演技にイラっとすることあるでしょ。あれと同じ。
インドということで、自動的に☆ひとつおまけして、★★★