2018年12月23日日曜日

宵闇真珠

  香港最後の漁村で、少女は異国の男に出会った


 
監督:クリストファー・ドイル、ジェニー・シュン
出演:オダギリジョー、アンジェラ・ユン
配給:キノフィルムズ/木下グループ
公開:12月14日よりシアター・イメージフォーラムにて公開中
公式HP:https://yoiyami-shinju.com/

キャッチコピーに「90年代香港映画の興奮よ、ふたたび」とあるが、けっこう当たっていると思う。
でも興奮かな。なんともいえない、やるせなさかな。
あのころ香港は、憧れの地だった。
もう10年も行っていないけど、ノスタルジアと熱気と気だるさと、独特の人くささが魅力だった。
この『宵闇真珠』のムードは、撮影、音楽、テンポは、そんな初めて接したアジア圏の映画のムードに包まれている。
もちろん撮影・監督がクリストファー・ドイルということもあるのだけれど。
『恋する惑星』や香港映画ではないが『非情城市』あたりのムードだ。

開発が進む香港に残る最後の漁村。
珠海村に住む16歳の少女(アンジェラ・ユン)は、太陽の光に当たると病気になると言われ、日中はサングラスに日傘をさし肌を隠して暮らし、村人からは「幽霊」と言われている。
ある日、死んだという母親の荷物からミスコンのオーディションのカセットテープが見つかる。
その歌を聴き、母に思いを募らせていく少女。
そのころ、村はずれの廃屋に、いつしか異邦人の男(オダギリジョー)が住み着くようになった。
少女は自分を見つめる男と出会い、
自分が変わっていくのを感じる。

常にどんよりと曇り、フィルターがかかったような画面。
時代を感じさせるものが少ない漁村のみで進むこの物語には、
携帯やパソコンは登場せず、
現在のようでもあり、20年前かもしれない。
少女にとってはこの村の中がすべてであり、
孤独が慣れっこになっている。
しかしすでに子供ではなく、大人になりかかっている少女の、
旅立ちの日はそこまで近づいている。

オダギリジョー扮する男は、何かに追われてきたように
この村の廃屋に身を隠している。
彼が大活躍するわけではなく、ただそこにいるだけなのだが、
少女は彼の存在で、村の外を意識する。

そのふたりの背景に、村の再開発問題と
村長の腹黒い計画がコミカルに語られる。
それはこの停滞したような村の生活が続くのも、
あと数年しかないという予感を感じさせるためだろう。
若い頃は自分の周りの生活が永久に変化しないと思っていても、そんなことはない。変わらないものなどないのだ。
同じ風景を見ても、5年もすれば同じに見えないことがある。
自分も知らないうちに変わっているのだ。

90年代香港映画に感じたノスタルジアは、
70年代の邦画に通じるものだった。
その雰囲気はこの映画に十分に感じるが、昔と違うのは、かなり意識して作り出していることを感じることだろうか。
なので本作にとっては、雰囲気は背景ではなく、
作品の中核になっている。
そのあたりが、きっと好き嫌いがわかれるかもしれない。
つまりストーリーはそれほど重要じゃないので、
骨太な映画見たい人は物足りないかな。

あと、アンビエント的な音楽がいい。けっこう耳に残るというか、『非情城市』のサントラ思い出した。
★★★