2018年6月12日火曜日

ガザの美容室


2015年パレスチナ・フランス・カタール
監督:タルザン&アラブ・ナサール
出演:ヒアム・アッバス マイサ・アブドゥ・エルハディ マナル・アワド
配給 :アップリンク
公開:6月23日(土)新宿シネマカリテ、渋谷アップリンクほか全国順次公開

ストーリー

パレスチナ自治区。ガザ。クリスティンが経営する美容室は、女性客で賑わっている 。離婚調停中の主婦、ヒジャブを被った信心深い女性、結婚を控えた若い娘、出産間近の妊婦。彼女たちは世間話に花を咲かせ午後の時間を過ごしていた。しかし、通りの向こうで銃が発砲され、美容室は戦火の中に取り残されることに…。


■レビュー

女性の体臭でむせてしまいそうな映画だった。
日差しの強い午後であれば、特に夏という季節でなくても、女性客が集まる美容室の室内温度は上がるはずだ。パーマのアイロン、ドライヤーなど使えばさらに上がりそうだ。東京ならエアコンがあるので問題ないが、舞台はパレスチナ・ガザである。そんな時に停電が起きる。ガザ地区では送電が制限され停電は日常的なことのようだが、扇風機は止まり、ただでさえ仕事がのろい(?)美容師2人の仕事は滞ってしまう。暑さとイライラは頂点へ…。女性たちの本性が露になっていく会話劇であり室内劇だ。
日が傾いてくると外では銃声が。そして砲撃による大きな振動が。彼女たちは外に逃げだすことも出来ず閉じ込められてしまう。映画館という密室にいる観客も同じような臨場感を味わうはずだ。

冒頭から首輪と鎖をつけられたメスのライオンが登場する。何かのメタファーなのかと思っていたら、実際にあった事件を基にしているそうだ。2007年、ガザの大物マフィアが動物園のライオンを盗んだ。そのライオンを奪還するためにハマス自治政府が実行したのが「ライオンに自由を作戦」だ。そう、映画の美容室にいた彼女たちはその奪還作戦に巻き込まれてしまうという設定である。資料にあったジャーナリストの川上泰徳さんの文章によれば、このマフィアというのはハマス自治政府成立前のファタハ政府時代に結びついていた連中なのだそうで、要はパレスチナの中でも派閥争いが未だにあるということを意味している。メスのライオンはそういった男たちによる闘争に左右される女たちを象徴してるかのようだ。

ガザ侵攻、対イスラエルへの政治的な私怨は無くなることはないだろうが、監督は死より生を、ガザに住む人々の日常を描きたかったという。お洒落をしたい、奇麗になりたいという女性たちの想いは万国共通。普通の日常を送ることこそがガザにおける抵抗なのだ。彼女たちは一筋縄でいかない多様性を持っているが(それゆえ喧嘩も激しい)、男性社会の下で虐げられる彼女たちの哀しみは、彼女たちを一つにさせる。女性の機微をうまく描いてるので監督はてっきり女性だろうと思っていたら、なんとヒゲをはやした双子の兄弟であった。パレスチナへの偏見を色々と覆してくれる作品だ。
(カネコマサアキ★★★☆)

ザ・ビッグハウス


2017年
監督:相田和弘 マーク・ノーテス、テリー・サリスほか
配給:東風+gnome
公開:シアター・イメージフォーラムにて公開中

■レビュー

日大アメフト部傷害事件が大学運営の問題はもとより、日本社会の潜在的病理として波紋を広げている。ではアメフトの本場ではどうなっているのか?タイムリーなドキュメンタリー映画が公開されている。

ミシガン州にある全米最大のフットボール・スタジアム、通称”ビッグハウス”と呼ばれる施設。名門ミシガン大学が誇るフットボールチーム「ウルヴァリンズ」の本拠地だ。カメラはその巨大施設の全貌、背景を余すとこなくとらえる。収容人数は10万以上。グラウンドは地階に掘り下げられ、高いビルの上から覗き込むような客席。映画館の大画面で観るとその規模に圧倒されるはず。セキュリティ、食堂、医務室など、大量の観客を捌くスタッフたち。2年後の東京オリンピック関係者は参考になることもあるかもしれない。

開会式イベントでは大学の大所帯のブラスバンドが行進。上空には米軍機が飛行し、特殊降下部隊がスタジアムにパラシュートで降り立ち場内を盛り上げる。そして星条旗が掲揚され10万人が起立して国歌を歌う姿に、尋常じゃないナショナリズムを感じる。こうしてフットボールによる「大学」+「州」+「国」という揺るぎないネットワークが出来上がってるのか、と直感的に感じられるシーンである。

日大の事件でも露になったが、アメフトが及ぼすビジネスの面も気になるところ。これがミシガン大の場合、驚くべき収入がある。資料によると2018年のアメフトのチケット収入は44億円を見込んでいる。(次に人気があるバスケットボールが4億というのでその人気の差は歴然としている)加えて、ミシガン大の体育学部全体の予算(収入見込み)は200億円で、放映権料、企業スポンサー、VIP観覧席、グッズなどからの収入がある。日本のプロ野球球団の平均収入125億円を軽く超えているようだ。また、大学の広告効果も絶大のようで、内外の卒業生から寄付金も潤沢に集まるという利点がある。日大もこの辺をモデルにしていたのだろうか?それにしても規模が違いすぎる。

ワールドカップ・ロシア大会が間もなく始まり、そして2年後に東京オリンピックも控えているが、日本もスポーツ行政のあり方など、検証すべき時なのかもしれない。日大の問題にかつての軍隊の亡霊を見たように、スポーツから見えてくるものがある。アメフトを通して、アメリカという国の本質に迫った作品である。
(カネコマサアキ★★★)

■関連情報

以前『精神』というドキュメンタリー映画をここで紹介したことがあるが、その想田和弘監督を中心とした混成チームによる作品だ。NY在住ながら外からの視点で日本を”観察”する作品群は広く知られているが、敬愛するワイズマン的手法で、ついにアメリカを観察する。
前作『港町』(★★★☆)は集大成的な作品で、おなじみ牛窓が舞台。モノクロのせいか漁師の顔にきざまれる皺や絡まった網、瓦屋根などマチエールが心地よい。人々の語りと所作から港町が育んで来た歴史が浮かび上がってくる。こちらもおすすめだ。