2018年3月22日木曜日

大英博物館 プレゼンツ 北斎

モネ、ピカソを魅了した江戸時代の天才絵師の魅力を紐解くドキュメンタリー


British Museum presents: Hokusai

2016年/イギリス
監督:パトリシア・ウィートレイ
協力:大英博物館
ナレーション:アンディー・サーキス
出演:デイヴィット・ホックニー、ティム・クラーク他
配給:東北新社
配給協力:DBI INC
上映時間:87分
公開:2018年3月24日(土)、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開

●ストーリー 
 2017年の5月から8月にかけて、大英博物館で”Hokusai : Beyond the Great Wave”と題する展覧会が開催された。本作は、葛飾北斎をイギリスで初めて本格的に取り上げたその展覧会をフィーチャーし、展覧会の裏舞台と通して、葛飾北斎の生涯や作品に迫るドキュメンタリーである。

●レビュー 
 大英博物館で開催された北斎展のタイトルは”Hokusai : Beyond the Great Wave「The Great Wave」は大きな浪が砕ける先に富士山が描かれた代表作「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」のことである。その斬新な構図、圧倒的な迫力、繊細で緻密は木版の色と摺りから、ひときわ人目を惹く作品だ。かつて、印象派をはじめ多くの芸術家に多大な影響を与え、手本ともなった北斎の作品は、その後も多くの作家や研究者を魅了し続けている。

 本作品は「北斎」を多角的に取り上げていて興味深い。北斎は波乱の人生の中で、江戸の町に生きる人々の姿を題材とし、富士山を通して自然の雄大さを描き、最晩年にも圧巻の筆で美しい肉筆画を残している。最新の映像技術よって版画制作の工程や作品の隅々まで鮮明に見ることができるのも感動的で、今まで目にする機会の少なかった肉筆画の作品に触れられることも嬉しい。還暦以降の30年に焦点を当て、90歳を超えても意欲的に絵筆を持ち続けた絵師北斎の生涯を辿りながら、北斎の作品が紐解かれていく点も見所になっている。本作品を通して、北斎が生み出した構成力やデザイン力が、過去芸術作品から現代の漫画に至るまで影響を与え続けているということを実感できるだろう。

 そしてもう一つ感じたのは、驚きを持って北斎作品を見てきた世界の目に対して、私たち日本人が北斎作品から得る感覚は少し違うのではないかということだった。私たちの感動は、ごく自然と湧き上がり、そして印象深く心に刻まれていくようなような気がする。世界に誇る和紙、圧をかけずに「摺る」木版画、美しく雄大な富士山、折々に表情を変える日本の四季の風景、江戸の人々暮らし・・、私たちが日本という国の伝統や文化を背景に持っているからなのだろう。イギリスの研究者のインタビュー聞き、本作の映像を見ながら、日本人として見る「北斎」にも気づかされたように思う。★★★★)加賀美まき

2018年3月18日日曜日

馬を放つ


原題:Centaur
2017年/キルギス、フランス、ドイツ、オランダ、日本

監督:アクタン・アリム・クバト
脚本:アクタン・アリム・クバト、エルネスト・アブドジャパロフ
出演:アクタン・アリム・クバト、ヌラリー・トゥルサンコジョフ、ザレマ・アサナリヴァ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:89分
公開:2018年3月17日(土)、岩波ホールほか全国順次公開

●ストーリー 

 中央アジアの美しい国、ギルギルで、妻と幼い息子と3人で慎ましく暮らす男は、村人から「ケンタウルス」と呼ばれていた。遊牧民を祖先に持つキルギルの民は、人と馬を結びつけその土地の伝説に根付いて暮らしてきたが、暮らしぶりは時代とともに変化していく。そのことを憂い、馬にまつわるある伝統は信じるケンタウルスは、夜な夜な馬の厩舎に忍び込み、馬を野に放っていた。
 やがて馬泥棒の存在が問題になり、犯人を捕まえる罠が仕掛けれるが・・・。

●レビュー 
 標高5000メートルを超える天山山脈の麓に広がるキルギス。作品の中で映し出される自然豊かな風景は、どこか懐かしく郷愁をそそるられる。主人公は、ケンタウルスと呼ばれる朴訥な男で、耳の不自由な妻と言葉を話さない5歳の息子との暮らしは、質素で素朴だけれど暖かい。だが、彼にはどうしてもそうせずにはいられない秘密があった。それは、夜、競走馬の厩舎に忍び込んで馬を野に解き放つこと。裸馬にまたがり天を仰ぐように両手を広げ、草原を駆け抜ける主人公の姿に観客はまず惹きつけられるだろう。

 物語の主軸は、遊牧民を祖先に持つキルギスの民の精神文化。グローバリゼーションとともに人々の暮らしぶりは大きく変化し、かつての遊牧民の心は忘れさられ、神話も失われていく。その中で、馬の守護聖者の神話を信じ、遊牧民の強さを受け継ごうとするケンタウルスの思いは、ごく自然に湧きあがってきたものなのだろう。そして、村のコミュニティー内の摩擦、宗教と価値観の問題、貧富の差、そして家族の愛と絆といったさまざまは事柄を織り込みながら、一つの物語が紡ぎ出されていく。作品の場面場面からも、そして全体を見終わった時にも、静かな感動が心に沁みわたる秀作だ。

 監督のアクタン・アリム・クバトは、自身の村で起きた事件の実話をヒントにこの物語を作り出したという。自ら主演も務めることによって、より繊細にこの物語を意図を伝えようとしている。民族の中に流れるものに対する思いが、作品の中にしっかりとした文脈となって感じることができるのはそのためだろう。冒頭のシーンも監督自ら裸馬に乗っている。子どもの時から馬に乗るのが当たり前にキルギスでは何も問題はなかったそうだ。『馬を放つ』という邦題がとてもいいと思う。★★★★)加賀美まき

ベルリン国際映画祭 パノラマ部門 国際アートシネマ連盟賞(CICAE)受賞
第90回 アカデミー賞 外国映画賞 キルギス代表

2018年3月12日月曜日

ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ


恋人が昏睡状態に!? 主人公を本人が演じた実話がもとのコメディ


2017年/アメリカ

監督:マイケル・ショウォルター
出演:クメイル・ナンジアニ、ゾーイ・カザン、レイ・ロマノ、ホリー・ハンター
配給:ギャガ
公開:223
劇場情報:TOHOシネマズ日本橋ほか

■ストーリー
 主人公はシカゴに住むパキスタンからの移民一家の息子。
アメリカに来て成功した親は、息子に医者か弁護士を望んでいるが、
息子はコメディアンを目指して、昼間はUBERの運転手をしている。
その息子が、白人女性と恋に落ちるが、一家は「白人女性なんて!」と大反対。
結婚相手は、パキスタン女性じゃないとと、息子を勘当。
一方で、彼女も主人公の煮え切らない態度に愛想を尽かし、仲は破局に。
しかし、そのすぐ後、彼女は病気から昏睡状態になって病院に入院してしまう。
眠り続ける彼女を看病しながら、主人公は彼女こそ自分の大事な人だと気づく。

■レビュー
ニューヨークを舞台にした映画では、タクシー運転手は
インド人かパキスタン人と決まっているが(笑)、ここではUBERというのが今日的。
しかも貧しい移民ではなく、成功した移民一家の息子というのも、定型の役柄とは違う。
主人公は週末になると実家に帰って、家族で食事をするのだが、
そこでは描かれるのは、移民した第一世代と
アメリカで育った第二世代との文化ギャップだ。
また、コメディでパキスタン系というと、扱うには難しい宗教ネタだが、
本作ではそこを避けずに(みんなが知りたいところでもある)、
主人公にあえて彼の宗教観を語らせているのは、勇気がいったろう。

中盤、彼女が昏睡してからは、主人公と駆けつけた彼女の両親とのやりとりが中心になるのだが、この両親がそれぞれ欠点もあるが良い人たちで、人間味を感じさせる演技が実に良い。
夫婦の感情のすれ違いとか、うまい。
ちなみに母親役はホリー・ハンターだ。
実は、本作は実話の映画化で、主人公はコメディアンである
本人自身が演じている。結末は、ハッピーエンドの
『ラ・ラ・ランド』と言っておこう。
★★