2017年3月31日金曜日

忘れな草

ドイツ中を優しい笑顔とあたたかい涙で包んだある家族のドキュメンタリー。


Vergis mein nicht (Forget me not)

2013年/ドイツ
監督・脚本:ダーヴィット・ジーヴェキング
配給:ノーム
上映時間:88分

公開:2017年4月15日(土)、渋谷ユーロスペース他、全国順次ロードショー

●ストーリー

 フランクフルト近郊の実家に帰ってきたダーヴィット。認知症になった母グレーテルの介護に疲れた父マルテを手伝うためだ。ダーヴィットは母の世話をしながら、母と家族が過ごす時間をカメラで記録していく。
 母の認知症の症状は少しずつ進んでいく。理性的だった母だが、ベットから起きようとしなかったりダーヴィットを夫だと思ったりと次第に変わっていってしまう。母の記憶が失われていく一方で、ダーヴィットは母の過去をたどり、知らなかった母の姿を知ることとなる…

●レビュー

 認知症を患い変わっていく母と母を介護する父、その二人と家族の姿を息子ダーヴィットがカメラに収めたこのドキュメンタリーは、家族の愛情を感じられる作品になっている。映像は、母グレーテルの記憶力が低下して、家の中のあちこちにメモが張られるようになったところから始まる。父のマルテは、大学退職後は数学者として研究を続けながら、海外旅行にも出かける生活を夢見ていた。けれども、認知症と診断された妻グレーテルの介護で、彼の人生は予想もしなかったものになってしまう。監督であるダーヴットは実家に戻り、父を助け母の介護を手伝うことにするのだが、母グレーテルは徐々に記憶を失い、さらに手がかかるようになっていく。

 年を重ねた普通の夫婦に見えたグレーテルとマルテだったが、普通とは少し違っていた。母グレーテルは大学で言語学を専攻。マルテと結婚後は政治に目覚め、夫婦で社会主義ドイツ学生連盟に参加。スイスに移った後は、左翼の活動家として当局からもマークされるほどの存在になっていた。また二人は、お互いに別な相手との恋愛を良しするような個人主義的な考えの夫婦だった。そのような人一倍理性的で自立した女性だったグレーテルが、記憶を失い自由奔放に振る舞う姿に家族の戸惑いも大きかったと思う。

 母グレーテルは記憶を失っていくが、反対にダーヴィットは母の過去を呼び起こしていく。生き様を辿り、父との関係を手繰ることで、母の心が今までの抑圧から解き放たれていたことに気づく。父のマルテも今まで見過ごしてきた妻の本当の心を知って、身勝手だった自分を省みる。この過程が、自然に映し出されていていい。この「気づき」は、家族の新しい出発となっていく。相手を理解し思いやるという気づきによって、家族に新しい関係が築かれいく。新しい関係により家族はよりいっそう深い愛情でつながり、穏やかな絆で結ばれていくようだ。介護の現実は厳しいものだと思うが、この家族の様子は自然で、時にユーモラスに家族を捉えた監督の目線が暖かい。家族愛の大切さは十分に伝わってくる作品だと思う。認知症の母とともに訪れるドイツ南部、スイス。その情景も美しく映し出されている。★★★☆)加賀美まき