2017年1月6日金曜日

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場


Eye in the Sky

ドローンによるテロリスト攻撃作戦。しかしその場に、関係ない民間人が居合わせたら?


 
2015

監督:ギャヴィン・フッド(『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』『ツォツィ』)
出演:ヘレン・ミレン(『クイーン』)、アーロン・ポール(『ブレイキング・バッド』)、アラン・リックマン(『ハリー・ポッター』シリーズ)

配給:ファントム・フィルム
公開:1223日よりTOHOシネマズシャンテにて公開中
公式HPeyesky.jp/


●ストーリー

アフリカのナイロビの上空6000メートルを飛ぶ、一機の無人ドローンがある映像を捉えた。それは国際的なテロリストが、一軒の家に集結する姿だった。彼らを追うイギリス軍諜報部のキャサリン大佐は、上官のベンソン中将と協力して逮捕を目指すが、監視カメラの映像は大規模な自爆テロの準備を映し出した。逮捕による隊員の損害や逃亡を防ぐため、作戦はドローン攻撃による殺害に変更。その命令によりラスベガス郊外の空軍基地では、ミサイルの発射準備に入る。しかし、カメラはドローンの殺傷圏内にいる、幼いパン売りの少女を映し出した。

●レヴュー

宣伝では典型的なB級アクション映画のようなルックで損をしているが、なかなかの拾い物、いや、個人的にはけっこうツボにはまった哲学的な命題を含んだサスペンス映画で、機会があったらぜひみなさんにも見て、考えてほしい映画だ。

哲学の世界では有名な「トロッコ問題」をご存知だろうか?
これは大学の講義でもよく使われる有名な話でバリエーションはいろいろあるが、基本となるのはこんな感じ。線路を走っているトロッコが制御不能になり、このまま放置しておけば前方で作業中の5人が死んでしまう。しかしあなたの前にある分岐器を動かせば、別の線路に引き込むことができる。ただし、そこでもひとりの人が作業中だ。つまり、5人を救うために1人を殺しても良いかということであり、法的な責任は問われないのが前提となる。功利主義的な立場から言えば、5人を救うのが正しい。しかし義務論から言えば否となるというもの。これにはバリエーションがある。たとえば、この問題で迷わず分岐の切り替えをした人でも、以下の問題はどうだろう。溺れている5人を助けるためにあなたがボートで向かっている途中、溺れている別の一人を発見する。その人を救うと時間がかかり、五人は死ぬことになる。それでもあなたは助けるか、見殺しにするか。

お気付きのように、これには誰も納得がいく回答がない。人は頭ではわかっていても、誰かを助けるために誰かを見殺しにはしたくないからだ。この映画では「自爆テロが起きれば数十人が死ぬ。また部隊の突入でも複数の兵士が死ぬ。ただしドローン攻撃をすれば“最小の被害”だけですむ」という、功利主義から言えば正しい選択が目の前にある。しかし、それは倫理的には正しい選択なのだろうか? 攻撃により、関係のない少女が死ぬかもしれない。多数を救うために、少女は死んでもいいのか。

オバマ政権では、兵士による直接攻撃ではなく、ドローンによる攻撃が推奨されている。現在では兵士のPSTD問題などが国内世論で大きく取り上げ、大々的に生身の兵士を戦闘に派遣しにくい。兵士の死傷者数を減らしたいこともあり、ドローン攻撃を重視しているのだが、あるニュースによればアフガニスタンでドローンにより殺害された200人のうち標的はわずか35人で、残りは巻き添えを食った民間人だったという。

ただし、本作が良くできているのは、現実の作戦に対する批判ではなく、「テロリスト攻撃」という事件を通して、上記の「トロッコ問題」という普遍的な哲学上の問題を私たちに見せてくれる点だ。そのため、この作戦に関わるどの立場の人間も納得がいくように描かれ、映画によくありがちな悪人や思慮の浅い人は出てこない。それぞれの立場で考え、意見を述べているので、観客もだんだんどうしていいかわからなくなる。それが狙いなのだ。「もし、少女を助けるためにテロリストを逃して、その後、数十人が死んだら?」、あるいは「少女が助かる確率が何%なら実行していいのか」などと考えてしまう。

イギリス映画らしい重厚な作りの本作だが、それはこの重いテーマにふさわしい。どのような選択をしても、誰かが傷つくようなことにならない世界を目指すのが、本当は一番いいのだろう。ヘビーな一本だ。
★★★☆

●関連情報
・最近では『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』などの娯楽映画が多い南アフリカ出身のギャヴィン・フッド監督だが、世界的なデビューは社会問題を扱った『ツォツィ』だ。
・本作は、アラン・リックマンの遺作のひとつになった。
・トロッコ問題についてはwikiを参照にしました