2017年1月25日水曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2016年度ベスト10(前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)


前原利行(旅行・映画ライター)

2016年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作、旧作合わせて146本。2015年が234本なのでかなり減ったが、作品的にはいいものが多く、とくに邦画の充実ぶりは追いきれなかったほどで、僕にしては珍しく4本、そしてアニメは3本入っている。
昨年はアメリカ映画が10本中8本だったが、今回は3本に減ってしまったが、レベルは高かったと思う。

1.サウルの息子(ネメシュ・ラースロー監督/ハンガリー)

 もう映画を見ている間、試写室の中がアウシュビッツのように感じられて辛かった。もう二度と見たくないと思ったが、映画館に高校生の息子を連れて行った。こんな世界が二度と来て欲しくないと彼にも思って欲しかった。今どきないスタンダードサイズの画面の、気づかなかった表現方法。文句なしにすばらしい。

2.キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ、イギリス)

 1950年代のレズビアンの話のどこが今日的か。ところが、彼女たちの気持ちは現在の男でもよくわかる。どこをとっても映画的な(小説ともテレビとも違う)濃厚な時間が味わえる作品。

3.ズートピア(リッチ・ムーア、バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ共同監督/アメリカ)

 ノーマークだったが評判がいいので劇場に行ったら、クオリティの高さに驚いた。脚本には無駄なシーンばかりでなく、無駄な台詞もない。つまり、すべてが意味あってセリフが配置されているすばらしさ。「偏見」をテーマにし、ステロタイプの見方をしていた自分の中の偏見が途中で見事に覆される。すみませんでした。

4.シン・ゴジラ(庵野秀明、樋口真嗣監督/日本)
 映画を観出してもう途中から面白くて面白くて。ゴジラの東京破壊シーンは、SFの破壊シーンで久しぶりに呆然としてしまった。「ポスト3.11映画」としてもすばらしい。

5.AMY エイミー(アシフ・カパディア監督/イギリス、アメリカ)
 もう、映画を観ていて、「何とかならなかったのか〜」という気持ちでいっぱいになる。悪い大人が子どもをダメにする。生きていりゃ、この先いいこともあったかもしれないのにと。すぐCD買った。

6.ヒメアノ〜ル(吉田恵輔監督/日本)
 映画中盤のタイトルの出方、絶品。映画を観ていてものすごーく、嫌〜な気持ちになった。最初はあんなホノボノだったのに、森田演じる森田くんの底知れぬ闇の深さ。V6とか知らなかったので、完全にこういう人だと思って見てしまった(くらいうまい)。

7.ザ・ウォーク(ロバート・ゼメキス監督/アメリカ)

 ラストシーンで、なぜこの映画が“いま”なのか納得する。世界は変わってしまったのだ。あと、初めてひざがガクガクした3D映画。3Dの奥行き感をこれほどうまく出して映画はないのでは。日本でヒットせずに残念。

8.みかんの丘(ザザ・ウルシャゼ監督/エストニア、ジョージア)

 アブハジアに住むエストニア人の老人、グルジア人、チェチェン人らが登場し、戦争の無意味さを説教臭くなく、寓話とリアルを交えて語る。手塚治虫の短編漫画を読んでいるようなヒューマニズムにグッときた。

9.この世界の片隅に(片渕須直監督/日本)
10.君の名は。(新海誠監督/日本)

 世の中、この2本が比べられて、『この世界の片隅に』を褒めるのがツウ、『君の名は。』はヒットしたからダサい的な、書き込みが目につくが、僕はどちらもいい作品だと思う。それに目指しているものも、表現の仕方も違うんだし、両映画の製作に関わった人たちは、困惑しているのではないか。どちらもいいので、どちらも見ればいいと思う(『君の名は。』は作劇的に突っ込みたいところはあるが、大きな欠点にはなっていない)。

ベストテンには漏れたけれど、
作り手の意気込みが伝わってきて好きな他の作品は以下の通り。
『レヴェナント蘇えりし者』、『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』、『ハドソン川の奇跡』、『マジカル・ガール』、『スティーブ・ジョブズ』
 で、逆に、「手を抜かないでもっとちゃんと作れよ!」と思った志が低いワースト作品は『ミュータントニンジャタートルズ影』、『ペット』、『スノーホワイト』、『X-MENアポカリプス』、『ジェイソン・ボーン』。つまんないというより、舐めるなって感じ。  



■カネコマサアキ(マンガ家、イラストレーター)

.痛ましき謎への子守唄(ラヴ・ディアス監督/フィリピン)
フィリピン建国の呪われた歴史を8時間超(!)という長尺で描くベルリン銀熊賞受賞作品。ホセ・リサール処刑後の独立革命派の権力闘争をリサールが著した小説の登場人物たちと交錯させるという試み。モノクロ映像、哀愁あるギターの音色、リサール辞世の詩を朗読するシーンが感動的だ。東京国際映画祭にて。ヴェネチア金獅子賞を獲った『The woman who left』が今年劇場公開予定。

.シン・ゴジラ(庵野秀明監督/日本)
あのゴジラが311〜原発事故のパロディになっていて、ぶったまげた。岡本喜八へのオマージュあったり、ゴジラがポケモンみたいに進化したり…。その重層性、批評性、徹底的な取材による作り込みにも驚かされた。岡本喜八も、大島渚もこれ観たら嫉妬するだろう。


.彼方から(ロレンソ・ビガス監督/ベネズエラ)
父親の愛情を受けられずトラウマを抱えた歯科技工士の中年男と不良少年が売買春で出会い、不器用に付き合って行く様子をベネズエラ・カラカスの街の喧騒の中に描く。愛し愛されることの躊躇いや屈折した愛情表現が何ともリアル。また、被写体深度の浅い画像が独特で“窃視”の感覚がグロテスクに伝わってくる。ヴェネツィア金獅子賞も納得。レインボー・リール映画祭にて。

4.光の墓(アピチャッポン・ウィラーセタクン監督/タイ)

5.ミスター・ノー・プロブレム(梅峰メイ・フォン監督/中国)
民国時代の重慶で農場管理を任される男は、地主と労働者のどちらにもいい顔をするため、経営は火の車。そこへ高等遊民の青年、新たな管理主任が訪れ改革をしようとするが…。過去を描いているが、現在の中国を見事に風刺しているところに文学的力量を感じる。モノクロの映像も素晴しかった。東京国際映画祭審査員特別賞。

6.彷徨える河(シーロ・ゲーラ監督/コロンビア)
同時期に五十嵐大介の漫画『海獣の子供』を読んだせいもあって、メッセージが心に響いた。先住民含め人類がかつて持っていた自然や宇宙に対しての知識がどれくらい失われてしまったのか案ずる。


7.ティクン〜世界の修復(アヴィシャイ・シヴァン監督/イスラエル)
真面目なユダヤ超正統派の神学生の青年が、ある日昏睡状態となり、人が変わったように夜の街を徘徊する。超正統派の生活を揶揄するようなアイロニーに満ちた作品だが、性に目覚めた青年の青春モノとしてみると結構切ないものがある。こちらも全編モノクロ映像で、特に霧のシーンの描写が素晴しかった。フィルメックス・イスラエル映画特集にて。

8. よみがえりの樹(張撼依チャン・ハンイ監督/中国)
陜西省の山間部。父と息子が林で薪を拾っていると、亡き妻の魂が息子に乗り移る。かつて住んでいた家(窰洞)の敷地に立つ結婚記念の樹を移植したいと彼女は願う。家族と土地の記憶を巡る切ない怪異譚。アピチャポン映画に肉薄しそうな内容で、画も映画技法も凝っていた。

9. 12人姉妹(リー・ブン・イム監督/カンボジア 1968年作)
戦火で失われたと思われていた作品だが、アメリカでタイ語版が発見され日本で修復された。カラフルで奇想天外な貴種流離譚に心酔する。地割れとか空駆ける馬とか情感ある特殊撮影も見事。恵比寿映像祭にて。
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10. 大親父と、小親父と、その他の話(ファン・ダン・ジー監督/ベトナム)
写真学科の学生がクラブを経営する男とダンサーの女とつるんでいるが…。ほろ苦い青春モノかと思いきや、かなりアート志向で独特。ジェンダー、市場経済、人口制御のための精管切除など、社会の葛藤が94年のサイゴンを舞台に語られる。ベトナムのニュー・ウェイブもいい塩梅だ。大阪アジアン映画祭にて。


次点(入れ替え可能作品)
マンダレーへの道(ミディ・ジー監督/ミャンマー)
見習い(ブー・ジュンフェン監督/シンガポール)
裸足の季節(ドゥニズ・ガムゼ・エルグヴァン監督/トルコ)
暗殺(チェ・ドンフン/韓国)
師父(徐浩峰シュウ・ハイホン監督/中国)
最愛の子(ピーター・チャン監督/香港・中国)
山河ノスタルジー(賈樟柯ジャ・ジャンクー監督/中国)
ラサへの歩き方(張楊監督/中国・チベット)
ディーパンの闘い(ジャック・オーディアール監督/フランス・スリランカ)
ふきげんな過去(前田司郎監督/日本)
ヤクザと憲法(土方宏司監督/日本)
キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ)

去年は大阪アジアン映画祭、オリヴェイラ監督追悼特集、キアロスタミ監督追悼特集、東京国際映画祭、フィルメックスなどに通ったが、けっこうな数の邦画・ハリウッド系の話題作を観そびれてしまった。それでも日本映画が息を吹き返し、何か地殻変動が起きていることは伝わってくる。また、拙ベスト10のうちの4本がモノクロ映画で、その味わい深さも再認識した年だった。次点を12本も書いてしまったが、どれも入れ替え可能で、本当に甲乙つけがたい作品ばかり。(というか、こちらが表向きベスト10と言うべきか?)劇場公開されない(される予定がない)映画にも素晴しい映画があり、その存在を知らしむべく、いつものポリシーで書かせていただいた。


◾︎加賀美まき(造形エデュケーター) 
2016年の韓国映画はも昨年同様、残念ながら以前のような勢いを感じることができませんでした。その中では、ソン・ガンホ主演の「弁護人」がダントツで見応えがありました。ベスト5を選び、他 2作品は順不同です。

●韓国映画

1.「弁護人」 (ヤン・ウソク監督/韓国)
 実力派俳優ソン・ガンホ主演。ノ・ムヒョン元大統領をモデルに、地方の青年弁護士が冤罪事件の解決 に奔走し、人権派の弁護士として成長していく姿を描く。軍事政権下の1980年代当時の韓国の社会状況を知る作品。ソン・ガンホの上手さが光り、「未生」のイム・シワン、脇役のクァク・ドウォンも好演。

2.「暗殺」(チェ・ドンフン監督/韓国)
 日本統治下の韓国が舞台の本国大ヒット作品。親日派暗殺計画に様々な人物が絡み、目の離せない展開が続く。チョン・ジヒョン、イ・ジョンジェ、ハ・ジョンウ共演。日韓の歴史を知る機会になる作品。

3.「インサイダーズ 内部者たち」(ウ・ミンホ監督/韓国)
 イ・ビョンホン主演。チョ・スンウ、ペク・ユンシク共演で、腐敗した巨大権力をめぐる3人の男たちが仕掛け合、欲望渦まくサスペンスアクション。韓国映画のエグさが際立つ一作。

4.「あなた、その川を渡らないで」(チン・モヨン監督/韓国)
 韓国でもヒットしたドキュメンタリー作品。結婚76年目の老夫婦のささやか生活と、お互いを労わり愛情を分かち合う姿を描く秀作。海外の映画祭で多くの賞を受賞。

5.「華麗なるリベンジ」(イ・イルヒョン監督/韓国)
 無実の罪で収監された検事とイケメン詐欺師が手を組むというリベンジもの。ここ数年波に乗るファン・ジョンミンと今や中堅となったカン・ドンウォンのW主演で、二人の持ち味が生きたエンタメ作品。

●その他 順不同
・「プリースト 悪魔を葬る者」(チャン・ジェヒョン監督/韓国)
 悪魔払いを描いたオカルトサスペンス作品。キム・ユンソク、カン・ドンウォン共演。
・「ビューティー・インサイド」(ペク監督/韓国)
 目覚めるたびに老若男女に姿が変わる男性が主人公。斬新な設定のラブストーリー。

●韓国映画以外で印象深かった作品
彷徨える河(シーロ・ゲーラ監督/コロンビア、ベネズエラ、アルゼンチン)
最愛の子(ピーター・チャン監督/中国、香港)
クワイ河に虹をかけた男(満田康弘監督/日本)