2016年1月19日火曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2015年度ベスト10(前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)

■前原利行(旅行・映画ライター)

2015年は久しぶりに映画をたくさん見た年だった。スクリーン、DVD、新作、旧作合わせて234本。なので、作品的にも充実した中から選ぶことが出来たと思う。2014年は小粒の中に良作が多かったが、2015年は良質の大作も多く、とくにアメリカ映画では監督の世代交替がうまく進んだ。欧州の小品にも良作は少なくないのだが、「作為」が目立つと少しシラケてしまう。ベストテン中、8本がアメリカ映画になってしまった。あと、昨年のベストテンに入れられなかったが、今だったら『6才のボクが、大人になるまで』と『マップ・トゥ・ザ・スターズ』は入れるハズ。

1.マッドマックス 怒りのデスロード(ジョージ・ミラー監督/オーストラリア、アメリカ)
昨年の1位は『her/世界でひとつの彼女』だったが、同じ未来を描く作品でもこちらはデストピア。一本道を行って帰ってくるだけの映画だが、セリフに頼らずとにかくアクション、アクションでつづる。これ、意外に難しい。西部劇の名作『駅馬車』に匹敵する、アクション映画の鑑。2D、3D、4DXと3回観たが、2Dがおすすめ。

2.バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)(アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督/アメリカ)
イニャリトゥ監督は『21グラム』や『バベル』では作為が目立ったが、今回はその欠点をスピード感でカバーした。作為が嫌みに感じるよりも先に話が進行して行き、映画的には絶妙のタイム感。煽るアントニオ・サンチェズのドラムと、現在世界最高の撮影監督エマニエル・ルベツキ(何しろテレンス・マリックご指名の撮影監督だ)のサポートを得て、ついにブレイク。

3.海街diary(是枝裕和監督/日本)
今回唯一の日本映画。あまり邦画は観なかったもので…。俳優の演技が酷い邦画が多いが、是枝作品は演技プランは絶品で安心して観られる。今回の広瀬すずのキャスティングは、“奇跡”としかいいようがない。最高の実質デビュー作として、『時をかける少女』の原田知世、『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンと並ぶベストチョイス。綾瀬はるかも初めていいと思った。要は、俳優の使い方が非常に上手いということ。劇場で、何度も涙が出た。

4.セッション(デミアン・チャゼル監督/アメリカ)
ミュージシャンの中での賛否両論が話題になったが、ジャズ系は全否定、ロック系は肯定したというのが、この映画の立ち位置。鬼教師も上昇志向の強い生徒も共に嫌なヤツだが、何かに憑かれた(人としてはまちがっているが)情熱が、これほどすばらしい着地点を迎えるのは観ていてすばらしい。

5.アメリカン・スナイパー(クリント・イーストウッド監督/アメリカ)
これも賛否両論あったが、裏読みしすぎず、これは素直な反戦映画として受け止めるべき。これを観て、自分が戦争に行きたくなる人はいないだろう。イーストウッドは最初の狙撃シーンで、「戦争では女子供も殺さなくてはならない」と、人間性の崩壊の始りを明快に示している。

6.ラブ&マーシー 終らないメロディー(ビル・ポーラッド監督/アメリカ)
世間の評価はふつうだが、個人的にはツボにはまった。昨年の初夏は『ペットサウンズ』と『スマイル』ばかり聴いていた。とくに若いブライアンを演じていたポール・ダノは絶品(キューザックは似ていないけれど)。時代考証もバッチリ。自分の心の友の映画になる作品。

7.ミッション・インポッシブル/ローグネイション(クリストファー・マッカリー監督/アメリカ)
試行錯誤して来たこのシリーズも、前作『ゴーストプロトコル』で路線が決定。そしてこのシリーズ最高傑作につながった。昨年は多くのスパイ映画が公開されたけれど(レベルはみな高い)、本作が一番。チームワークこそこのシリーズの醍醐味であり、それが活きた作品だ。

8.スター・ウォーズ/フォースの覚醒(J・J・エイブラハム監督/アメリカ)
いろいろ批判もあるが、現時点で最良のシリーズ続編になったと思う。旧シリーズファンには不評だったEP1〜3までの問題点を克服して、青春ヒーローものに回帰しようとする橋渡しだ。次作で旧シリーズのメンバーが退場すれば、うまく世代交替が出来そう。ハリソン・フォードがきちんと演技しているのに驚き。

9.サンドラの週末(ダルデンヌ兄弟監督/ベルギー、フランス、イタリア)

小品だが、ダルデンヌ兄弟作品なので悪かろうはない。ダルデンヌ作品で初めての大スター起用だが、それがうまくいっている。コティヤールはやっぱりうまく、観客も感情移入できる。「仕事がない」焦りはよくわかるだけに、同僚を説得して行く過程でサンドラの心がすり減って行くのが辛い。ラストの小さな勝利は、これしかない最高のエンディング。

10.アントマン(ペイトン・リード監督/アメリカ)
『エイジ・オブ・ウルトロン』よりも面白かった。スタッフに僕の好きな英米コメディ映画界のベテランが揃っており、まさに自分好みのヒーローもの。

ベストテンには漏れたけれど、気に入っている他の作品は以下の通り。日によって気分で、入れ替え可能。『君が生きた証』、『女神は二度微笑む』、『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』、『ジェームズ・ブラウン〜最高の魂を持つ男〜』、『草原の実験』、『裁かれるは善人のみ』

■カネコマサアキ(マンガ家、イラストレーター)

1.神々のたそがれ(アレクセイ・ゲルマン監督/ロシア)
『フルスタリョフ、車を!』で知られる監督の遺作。ストルガツキー兄弟の原作からインスパイアされたSFだが、地球より800年遅れたある惑星の混乱した中世時代をルマータという男(神)が俯瞰する。ぬかるみ・死体・糞尿の中を這いずり回るカメラ。その圧倒的な熱量に度肝を抜かれる。たぶんカラーだったら吐いてたかも。監督は案外タルコフスキーの『アンドレ・ルブリョフ』を目指したのかもしれない。

2.凱里ブルース(畢贛ビー・ガン監督/中国)
貴州省・凱里の診療所で働く過去のある男が小学生の甥っ子の行方を探しに鎮遠の街に迷い込む。そこは過去と未来が混濁したような場所だった。圧巻の40分に渡る長回しテイク。その詩情と映画的冒険にシビれる。ジャ・ジャンクーに継ぐ中国の新たな才能かも。中国インディペンデント映画祭にて。

3.夜間飛行(イ=ソン・ヒイル監督/韓国)
ゲイを自覚する優等生の高校生と貧困家庭の不良少年の愛憎半ばの友情関係を描きながら、いじめや格差社会など韓国社会の暗部を鋭くえぐる。クライマックスは『日本侠客伝』の高倉健かと思うくらいに圧倒された。東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にて。

4.雪の轍(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督/トルコ)
カッパドキアのホテルを所有する地主の男と若い妻。「善意は地獄の道へ通じる」というアフォリズムを基に世界を俯瞰する。昨年の収穫の一つはジェイラン監督作品に出会えたこと。雪景色、滋味ある人間描写と会話劇に心酔。特集上映で観た『冬の街』、『昔々、アナトリア』も秀作だった。                                                                   
5.黒衣の刺客(候孝賢監督/台湾)
唐時代末期の地方の政変を描いているが、今の台湾の政治状況とオーバーラップ。シルクロードを思わせる胡旋舞から日本の雅楽まで。候孝賢監督の辺境論ともいえそう。唐文化が色濃く残る京都の寺をロケ地にしたり、完璧なまでの映像美に酔いしれる。

6.ザ・トライブ(ミロスラヴ・スラボシュビツキー監督/ウクライナ)
聾啞の寄宿学校で繰り広げられる仁義なき戦い。出演者は全員ろう者。字幕もなし。意味を汲み取ろうとするので観る側も真剣に注視する。ウクライナの政治状況も彷彿とさせ、噂通り問題作だった。

7.セッション(デミアン・チャゼル監督/アメリカ)
アメリカ映画は『バードマン』や『フォックスキャッチャー』を含め、日本映画で言う “芸道もの”“師弟もの”がなぜか際立っていた。SとMか?といわんばかりの危うい共依存関係。それを乗り超えたものだけが手に出来る地平。芸道に生きる身として(?)グサリと胸に刺さる。

8.女神は二度微笑む (スジョイ・ゴーシュ監督/インド)
久しぶりに映画で味わった大どんでん返しと極上のミステリ。コルカタの街並みも良かった。

9. 黒い雌鳥(ミン・バハドゥル・バム監督/ネパール)
姉から預かった雌鶏を父親に売られてしまった不可触民の少年。雌鶏を取り戻すために友達と危険な旅に出る。カーストの違う少年の友情とネパール内戦下の政治状況を活写した秀作。ネパール版『生まれてはみたけれど』。フィルメックスにて。

10. GIE(リリ・リザ監督/インドネシア)
政治運動のリーダー、ジャーナリストとして生き、27才の若さで亡くなった中華系インドネシア人スー・ホッ・ギーの生涯を描いた作品。2005年の作品なのだが、あまりに素晴らしいのでここにねじ込むことに。こんな傑作が一部の映画祭で上映されただけで終わるのはもったいない。「現代アジアの作家たち 福岡市総合図書館コレクションより」。

次点.(入れ替え可能作品。こちらも傑作ぞろい!)
コードネームは孫中山(易智言イー・ツーイェン監督/台湾)
酔生夢死(張作驥チャン・ツォーチ監督/台湾)
タルロ(ペマ・ツェテン監督/中国・チベット)
消失点(ジャッカワーン・ニンタムロン監督/タイ)
サービス(ブリランテ・メンドーサ監督/フィリピン)
恋人たち(橋口亮輔監督/日本)
国際市場で逢いましょう(ユン・ジェギュン監督/韓国)
KANO〜海の向こうの甲子園(馬志翔監督/台湾)

昨年はアジア系映画特集が思いのほかたくさんあり、条件反射で通ってしまう。(もうそろそろほどほどにしたいんですが)「現代アジア映画の作家たち 福岡市総合図書館コレクションより」、「第10回大阪アジアン映画祭」、「1960・70年代日韓名作映画祭」「SOUND OF SILENCE〜中国無声映画と音楽の会」「トルコ映画の巨匠:ヌリ・ビルゲ・ジェイラン映画祭」「第28東京国際映画祭」「第16フィルメックス」「第5回中国インディペンデント映画祭」「韓国映画1934-1959 創造と開花」。新作も大豊作で、ベスト10に絞り込むのが歯がゆいくらいだ。フィルメックスで観た『最愛の子』『山河ノスタルジー』も秀作だが今年公開されるので見送ることに。


■加賀美まき(造形エデュケーター)

<韓国映画>
2015年は、本国での大ヒット作が2本公開されました。全体としては、社会派のドラマやサスペンス作品が中心で見応えはありましたが、以前の勢いがない気もします。今年もいいラブコメ作品が見当たらず、また、良作が劇場公開されずにDVDストレートとなったことも少し残念でした。

1.国際市場で逢いましょう(ユン・ジェギュン監督/韓国)
朝鮮戦争下からその後の激動の時代を、家族を守るため必死に生きた男の姿を描いた涙あり笑いありの感動作。ファン・ジョンミン演じる主人公ドクスだからこそ共感をもたらしたと思います。実在の人物も登場し、主人公との絡も一興。盛り込まれたエピソードから韓国の知られざる歴史を再認識。

2.ベテラン(リュ・スンワン監督/韓国)

リュ・スンワン監督の痛快活劇アクション。こちらもファン・ジョンミン主演で、男気溢れる熱血刑事役を熱演。敵対する最悪な財閥3世役をユ・アインが小癪に演じ、2人の絡みは見ものです。リュ監督らしいテンポのいい展開。明洞のど真ん中で撮影したというバトルシーンも必見です。

3.ハン・ゴンジュ 17歳の涙(イ・スジン監督/韓国)
学校を追われ転校した女子高生。実は彼女の方が同級生に輪姦された被害者で、徐々に真実が明らかになっていきます。その後も続いていく不条理が語られ、非情な親、教師、警察など周囲の人間たちも同類の加害なのだと気付かされます。主演チョン・ウヒが素晴らしく、久しぶりに秀作を観ました。

4.海にかかる霧(シム・ソンボ監督/韓国)
2001年に発生した「テチャン号事件」を基にした戯曲の映画化。中国人密航に手を貸した漁船が、海霧に包まれた海上で予想外の事態に巻き込まれていきます。狂気の展開に息をのむクライム・サスペンスは、『殺人の追憶』『スノーピアサー』のポン・ジュノの脚本と製作。

5.私の少女(チョン・ジュリ監督/韓国)

地方の警察署長に左遷されたエリート女性警察官と、母親に捨てられ養父や周囲から暴行嫌がらせを受ける不遇な少女との交流を描く、社会問題を多分に含んだ社会派ドラマ。ペ・ドゥナは流石ですが、『冬の小鳥』『アジョシ』のキム・セロンの、演技と思えないレベルの上手さに舌を巻きました。

6.無頼漢 乾いた罪(オ・スンウク監督/韓国)
一匹狼で手段を選ばない冷酷な刑事と、彼が追っている殺人事件の容疑者の恋人。互い関係の変化に翻弄される男女の姿を、演技派のキム・ナムギルとチョン・ドヨンの二人が絶妙な距離感で演じています。全体の暗く湿ったトーンに二人の色気が絡み、引き込まれました。

7.コンフェッション 友の告白(イ・ドユン監督/韓国)
高校時代から固い友情で結ばれてきた、性格の違う3人の男たち。ある事件を機に彼らの運命が大きく変わっていく。罪の意識、友への疑念といった心の葛藤をテレビドラマで活躍するチソン、イ・グァンスと『私は王である!』などのチュ・ジフンが好演し、予想外の佳作に。

8.技術者たち(キム・ホンソン監督/韓国)

最強犯罪チームが挑む強奪計画。騙し騙されのスリリングな展開で楽しめます。主演のキム・ウビンは、アクの強い役柄から一転、今回は爽快な詐欺師&金庫破りでなかなか魅力的です。微妙な取り合わせかと思われた、仲間役コ・チャンソク、イ・ヒョヌとの相性が不思議とよく、楽しめます。

9.江南ブルース(ユ・ハ監督/韓国)
1970年代のソウル江南地区が舞台。開発前夜の土地を巡る男達の物語で『マルチュク青春通り』『卑劣な街』のユ・ハ監督3部作の完結編とのこと。主人公となる義兄弟を演じたキム・レオンとイ・ミンホ。対比的な性格の役柄なのに雰囲気が似すぎ‥でしたがファン垂涎のカッコよさです!

10.世界で一番愛しい君へ(イ・ジェヨン監督/韓国)
17歳で親になった若い夫婦と、早老症を患った17歳の息子(体は80歳で余命も僅か)の物語。子供を見守る優しい父親役カン・ドンウォンと、気丈な母親役ソン・ヘギョは相性ピッタリで、ふたりの制服姿も見もの。難病ものですが、爽やかな感動を呼ぶ作品です。ドンウォン・ファンとして『群盗』ではなくこちらをランクイン。

次点…タチャ 神の手(カン・ヒョンチョル監督/韓国)
人気グループBIGBANGのTOP(チェ・スンヒョン)主演。『タチャ いかさま師』から8年。賭博師コニを叔父にもつテギルが、その世界に飛び込み、命がけの勝負を繰り広げます。懐かしい面々も登場し、ファンには嬉しいですが、前作を超えられずの印象。

●韓国映画以外で、印象に残った5点(順不同)
「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」
     (アレハンドロ・ゴンザレス・イリャリトゥ監督/アメリカ)
「KANO 1931海の向こうの甲子園」(マー・ジーシアン監督/台湾)
「黒衣の刺客」(ホウ・シャオツェン監督/台湾・中国・香港・フランス)
「おみおくりの作法」(ウベルト・バソリニーニ監督/イギリス・イタリア)
「サンドラの週末」(ジャン=ピエール・ダルデンヌ監督/ベルギー・フランス・イタリア)